妖は宵闇に夢を見つ 蓬莱編

六花咲きて巡り来る

幕間 ─ 夕闇 ─

夕凪を蜩の声が震わせる中、葵は寺の裏庭にある井戸で水を汲んでいた。 下手をしたら物の怪でも出そうなほど、寺は半ば廃墟じみた有り様だが、幸いなことに井戸水は澄んでいる。今の夜光の状態を考えると、冷たい清水を豊富に使えるのはありがたかった。 あ...
六花咲きて巡り来る

曲夢 (六)

次にまた会ったら、差し違えてでも、と思っていたのに。 小夜香は目の前の槐を眺めながら考える。だが、こちらを害する気配がないもの相手に武器を抜くことには、本能から躊躇いが生じる。害を為さないのであれば、歓待などはしてやらぬが、少なくとも無闇に...
六花咲きて巡り来る

曲夢 (五)

それからしばらくは、何事もなく平穏に過ぎた。 社周辺や禊場に注連縄が増やされ、侵入者や害獣対策である里周りの鳴子も増強されたが、幸いにして変事のひとつも生じていない。 あの禊場での出来事を思い出すと、今でも若干腹が立ったが、腹が立つこと自体...
六花咲きて巡り来る

幕間 ─ 曲夢 ─

それは不思議な感覚だった。 そこにいるのに、そこにいない。澄んだ水面や、蝉時雨の降る木陰や、見知らぬ軒下、初めて見る部屋の片隅。ふと気が付いたら、そういったところに佇んでいるようで、けれど手足の感覚がない。そもそも、「自分の姿」というものが...
六花咲きて巡り来る

曲夢 (四)

二人だけになった居間で、小夜香は昨日の出来事──あの白い鬼の出現にまつわることを、つぶさに秋人に報告した。 秋人の表情は変わらなかったが、話すうちに、その瞳の色が急速に深まっていくのが分かった。「……もう顕われる道理はない、とは思うのですが...