六花咲きて巡り来る

六花咲きて巡り来る

幕間 ─ 曲夢 ─

それは不思議な感覚だった。 そこにいるのに、そこにいない。澄んだ水面や、蝉時雨の降る木陰や、見知らぬ軒下、初めて見る部屋の片隅。ふと気が付いたら、そういったところに佇んでいるようで、けれど手足の感覚がない。そもそも、「自分の姿」というものが...
六花咲きて巡り来る

曲夢 (四)

二人だけになった居間で、小夜香は昨日の出来事──あの白い鬼の出現にまつわることを、つぶさに秋人に報告した。 秋人の表情は変わらなかったが、話すうちに、その瞳の色が急速に深まっていくのが分かった。「……もう顕われる道理はない、とは思うのですが...
六花咲きて巡り来る

曲夢 (三)

その後はもう、ずっと小夜香は不機嫌だった。 あんな非日常極まる妖などに遭遇してしまったせいで、どこか足元がふわふわして現実味を欠き、何をするにも空回りばかり。お勤めの身支度にやけに手間取ったり、祭壇の前で躓いてお供物の一部を巻き込んで盛大に...
六花咲きて巡り来る

曲夢 (二)

里は、山あいに広がるちょっとした湖の畔にある。ぎりぎり湖、というくらいの規模の、そう大きくは無いものだ。 周囲の山々から流れ込む三本の清流のおかげで、水源としては常に豊かであり、棲み着いた多くの生き物たちは、昔から里の生活を基盤から支えてい...
六花咲きて巡り来る

曲夢 (一)

入道雲の眩しい、高く真っ青な空から落ちてくる陽差しに、小夜香(さやか)は思わず掌をかざした。「ふーー……あっつぅー………」 天頂を過ぎていくらか経った真夏の陽光は、受ける肌をじりじりと炙るようだ。 少しでも涼しくなるかと、腰まで流れる黒髪を...