悪戯 -前-

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 ふわふわした心地良い感触の中で、ミルはゆるい寝返りを打ちながら目を覚ました。
「ふぁ……」
 目を開くと、薄紫の豪華な天蓋つきの寝台の中だった。
 身体の上には何もかかっていないけれど、暑くも寒くもなくて丁度良い。
「んー……きもちいー」
 肌にふれるシーツの感触がふんわりと柔らかく、ミルは起き上がらずにベッドの上を転がった。シーツに頬ずりして、存分に寝床の心地よさを堪能する。
 しばらく後、はたと気付いて、ミルは顔を上げた。
「あーちゃん?」
 鉤付きの尻尾がぴこんと持ち上がり、あたりを見回す仕種に合わせて、ゆらゆらと揺れる。
 広いベッドがあんまり心地良くて忘れていたが、大好きなご主人様であるアルド​​​──卵の状態のミルを拾って、名前まで与えてくれた悪魔​​​──の姿も気配もない。
 先日やっとアルドが外出から帰ってきて、ミルは孵化直後から初めてきちんと顔を合わせることができた。が、その後アルドに遊んでもらって、ちょっと疲れたところで頭を撫でられているうちに、いつの間にか眠ってしまったようだった。
 ミルは姿こそ少年だが、まだ卵から孵って間もない、実質赤ん坊である。少し起きていると眠くなるので、食事時以外は眠って過ごすことが多い。
 おでかけかな。それとも他のお部屋かな。
 広いベッドの端まで四つん這いのまま移動して、ミルはうっすらと室内を透かしている紗幕をよけた。
 一つ一つの調度品は立派ながら派手ではなく、あまりごちゃごちゃしていないまとまりの良い部屋を見回すと、やはり自分の他には誰もいなかった。
 居心地の良いベッドを離れるのも名残惜しかったが、しんと静まり返った部屋に寂しくなって、ミルはアルドを探しにいくことにした。


 一人ではまだ遠くまで出かけることもできないミルは、アルドがいない間は、アルドの居城であるこの館の中を探険して遊んでいる。
 三階建に加えて地下室のあるこの屋敷は、うんと大きいわけでもないが、住人がアルドの他は召使達だけであることを考えると、充分に広い。
 それに時々、どうした力の働きかけなのか、外観よりも明らかに長い通路や階段、場所的にありえない部屋などが現れることもある。不思議なお屋敷だったが、何しろ力の強い悪魔であるアルドの邸宅なので、そんなこともあるだろうと、たいしてミルは気にもしなかった。
 いくつかの居間や客間らしき部屋の他、アルドの個人的な部屋は用途によって複数あるようだ。浴室も寝室も気分によって変えるらしく、何箇所か用意されている。
 灰色の石造りの建物は堅牢で、外観は質素なほど。調度品も華やかではないが、造りがとても凝っていて、全体に落ち着いた優美さや重厚さがあった。
 アルドの姿はなくても、屋敷の中にはどこもその魔力の気配と、アルドの纏う美味しそうな香りがしていて、ミルはなんとなく安心した。
 気の向くまま足の向くまま歩いていたら、毛足の長い絨毯の敷かれた廊下で、花瓶の花を整えていた家令に出会った。
「家令さん、こんにちは」
 黒い執事服を着込んだ青年に、ミルは挨拶をした。名前を知らないので、ミルは「家令さん」とだけ呼んでいる。
「こんにちは、ミル」
 金髪にエメラルド色の瞳の、端整で華のある容姿である一方、常に無表情で愛想の欠片もない家令は、今日もにこりともせず淡々とミルを振り返った。
 アルドが留守にしている間、ミルは何度かこの家令に接したことがある。おなかがすいた、といえば美味しいフルーツを食べやすく切って出してくれる家令は、常にまったく表情を変えないが、きっと優しい人だろうとミルは思っている。それにアルドほどではないが、この家令からも、とても美味しそうな良い匂いがした。
「あーちゃんはおでかけ?」
「アルド様は、所用で外出しておられます」
「そっかー。いつ帰ってくるの?」
「さあ。アルド様は気ままな方故、私には分かりかねます。ところで」
 と、長身の家令は小柄なミルを、頭の先から爪先まで眺め下ろした。
「お部屋から出るときは何かお召しになるように、と申し上げたはずですが、そのように真っ裸なのには理由がおありですか?」
 整った眉を一筋たりとも動かさずに言う家令に、ミルも自分の姿を見下ろした。
 透明感のあるミルク色の肌はまさしく一糸纏わず、勿論足も素足のまま、ミルは廊下に立っている。丸い肩になめらかな胸元に浮いた腰骨、健やかであるようで悩ましくもある二本の脚。それらの何もかもが剥き出しになっていた。
「お洋服めんどくさいし、嫌い。それに、このままの方が気持ちいいもん」
「ミルが気持ちが良くても、そのような恥じらいのない格好でうろつかれては、周囲が目のやり場に困ります」
 そう言いながらも、家令の翡翠色の瞳は真っ向からミルを見下ろしている。なのでミルは首を傾げた。
「家令さんも困るの?」
「はい。とても困ります」
「困ってるようには見えないよ?」
「考えていることが顔に出ない性分ですので」
「そっかぁ。わかった。でもね、着るお洋服がないのはどうしたらいいの?」
 着の身着のまま、どころか一週間程前に卵から孵ったばかりで、何も自分の持ち物など持っていないミルが言うと、家令はしばし黙考した。
「……成程。それはお互いに困りますね」
「うん。困るね」
「では、こちらにおいでなさい。おまえに似合う洋服と、衣裳部屋を与えましょう」
 家令は踵を返し、綺麗に背筋の伸びた姿勢で歩き出す。
 ミルがついて来ているかを確かめる素振りもない家令を、ミルは慌てて追っていった。
 よくわからないが、この家令がくれるというもので、嫌だと感じたためしがない。きっと今度も、何か良いものをくれるのだろう。


 ミルは家令に、衣裳部屋というところに案内された。案内された部屋のある通路は何度も通ったはずなのだが、その部屋のドアそのものに見覚えがなくて、ミルは首を傾げた。が、この屋敷にいるとよくあることではあったので、深くは考えなかった。
「おまえのための衣裳部屋です。今後はおまえは、ここにある服を着なさい」
 そう説明された部屋は、いわゆるウォークインクロゼットになっており、さして広くはないが様々な服飾品がずらりと掛かっていた。ミルのための、と家令が言う通り、ミルの纏う色合いに合わせて、黒や白や薔薇色や濃いピンクがベースとなったものが多い。そして、リボンやフリルがふりふりの、華やかで可愛らしいものが多かった。
 ミルはそこで家令に服を着せられ、その後おなかがすいたのでたっぷりと果汁を含んだマンゴーを食べさせてもらい、それから部屋に帰ってきた。部屋といっても、当たり前のように戻ってきたのはアルドの寝室なのだが。
「ただいまぁー」
 大きな寝台にぽふんと乗って転がり、伸びをして、ミルはむぅと一人眉を寄せた。
「んー。やっぱ裸の方が気持ちいいなあ」
 着せてもらった服は、慣れていないせいもあって随分窮屈な感じがする。
 しかし家令が、淡々とした口調で「お召し物を身につけている方が、アルド様は喜ばれます」と言っていたのを思い出し、ミルは脱ぎ捨ててしまいたいのを我慢した。
 ちなみに家令が見立ててミルに着せた服は、果たしてこれを「服」といっていいのかという、なんとも露出の高いものだった。
 角や羽根や尻尾に合わせて、全体に色は黒で統一されている。それは透明感のあるミルク色の肌色をいっそう際立たせ、所々に差し色で入った薔薇色は、ミルの淡い薔薇色の髪とローズクォーツの瞳によく合っていた。
 身体を隠すというよりも、身体の線やいろいろときわどいところをむしろ強調するための意匠を施された着衣は、全体に布が少なく、素肌にぴったりしている。肩や背中の大部分や二の腕、腹部や太腿は剥き出しで、全体に施されたレースや小さく結ばれたリボンが、そして所々に入った編み上げが、ミルの未完成で危うい可憐さを引き立てていた。
 そんな格好で、ミルはころりと広い寝台の真ん中に横になった。
「あーちゃん、またしばらく帰って来ないのかなあ」
 天蓋からの薄い紗幕に囲われ、まるでほとんど一個の部屋のように見える広々としたベッド上を、退屈なのとアルドがいない寂しさをまぎらわせようと、ミルは右に左に転がった。しかしじきに目がまわってきて、うー、と唸りながらそれを止めた。
「……おなかもすいたなぁ」
 物理的な空腹は食べさせてもらったフルーツで満たされているし、それだけでもある程度生きていくことはできるが、持って生まれた淫魔としての血が、それ以外のモノも渇望する。
「あーちゃん、早く帰ってこないかな。あーちゃんのキス、きもちいし美味しいし。早くまたほしいよぅ」
 先日アルドにキスしてもらったときのことを、ミルはうっとりと思い出した。
 アルドからはとても良い香りがして、家令の話によると神と悪魔双方の血を引くというその身体は、構成している成分がとても上等だ。あれが全部自分のモノになったらどんなに素敵かしら、とミルは空想した。しかも艶やかで長い黒髪も赤紫の瞳も、長い指も手脚も、こんなに綺麗な人がいるのかと思うほど美しくて、見ていると飽きない。
 アルドのことを思い出していたら、その指に身体中をさわられたことも思い出した。
「……あーちゃんの指、気持ちよかったなぁ」
 アルドの指は細くて長くて、皮膚が締まっていると共にすべらかだ。それが自分の上半身や脚まで伝いまわったときのことを思い出しているうちに、ミルはほわりと頬が熱くなって、心なしかどきどきしてきた。
 あちこちさわられたのも身体が浮き上がりそうによかったけれど、胸元を弄られたときはもっと気持ちよかった。
 どうされたんだっけ。
 と思いながら、ミルはベッドに横になったまま、もぞもぞと自分の胸元に手を持っていった。
 露出の高いきわどい衣装ではあったが、胸のそのあたりは布で覆われている。布地の上から手を伝わせ、つん、とはっきりと分かるほど硬くなっている粒に自分の指先がふれた途端、「ひゃんっ」とミルは小さく跳ねてしまった。
 そして、ローズクォーツの瞳をぱちくりさせる。
 自分で自分の胸元を見下ろし、布地越しでもはっきりと分かるほど勃ち上がっている二つの粒の形に、ミルは驚いてしまった。
 普段は自分のそこは、もっと小さくて柔らかい。どきどきしながらきわどい位置の布地をずらして、ミルは胸元の粒をふたつとも空気に晒した。
 いつもはもっと淡いピンク色をしているのに、今はミルの乳首は、ふたつとも充血してだいぶ赤みが増していた。
 アルドにふれられたときも、こうなっていたのだろうか。あのときは仰向けにされて、動けないように後ろ手に縛られてしまっていたから、自分の身体のことなんて目に入らなかった。
「ひゃっ……」
 細い指先を伸ばして、その初々しい膨らみにふれてみると、またミルは小さな声を上げてしまった。
 自分で驚くほど、胸元の小さな粒が敏感になっている。あのときアルドにされたように、指先でくすぐるようにふれるだけで、ぴりぴりと素肌の上を痺れが伝うような、なんともじっとしていられないような感じがする。
「あ、ん……はぅ」
 始めはそっとさわっていたのだけれど、すぐにミルは我慢できなくなってきた。自分でいじっているうち、ますます硬く膨らみを増してきたそこに、ミルは左右それぞれに指を這わせ始めた。
「あっ、あ……やんっ」
 自分で自分の反応を窺うように、指先でぷくりと硬くなった乳首を捏ね、押し付け、引っ張ってみる。そのたびにじわじわと、あるいは鋭い性感の波が生じて、ミルはたちまちそれに呑まれていった。
 弄れば弄るほど、ふたつの粒は硬さを増してゆき、より敏感になってゆく。軽くつつくだけでも、ひりつくほど感じるのがたまらない。指で挟んで揉んでみたり、引っ張りながら捏ねてみたりするのも、また違う刺激があって、ミルは甘い声を上げてそれに集中した。
 気が付けば吐息が熱を孕んで、無意識のうちに腰が揺れていた。
 胸を弄っているはずなのに、どうしてか身体中が火照って、腰がとても疼く。そういえば、アルドにさわられているときもそうだった、とミルは思い出した。
 ミルは熱く弾んだ呼吸のまま、何も考えずに尻尾を持ち上げて、緩く脚を開いた自分の股間に向かわせた。そこでは既に、あのときのようにペニスが膨れており、小さな布地に締め付けられたそれが窮屈で苦しいほどだった。
 思考したわけではなく、その窮屈な中から股間の熱いものを救い出そうと、尻尾の先で布地をずらした。腰も熱かったけれど、乳首を弄るのも気持ちが良くて、胸から指が離せなかった。
 ずらした小さな生地の下から、すっかり充血したペニスが覗く。本能でそこに尻尾をくるりと絡ませた途端、
「ひゃうんっ」
 ミルは今までにない高い声を上げて、びくっと全身を震わせた。
 自分で自分の身体の反応に、ミルはまた驚いた。まだ幼いようなペニスは、すっかり硬く膨らんで上向いており、それを見たミルは再三驚きに目を瞬いた。
 なんだろうこれ。気持ち良くなると、ここってこんなふうになるの? と、ミルは不思議に思いながら、先端からぬめりのある蜜がこぼれて既に竿全体に伝っている自分のペニスをしげしげと見つめた。
「あ、あッ……あ、あッ」
 ぬるぬると自分のそこに尻尾をからませ、蜜をなすりつけるように動かすと、信じられないほどの強烈な熱い快感が突き上げてきた。
「あっ……あふ……な、なに、これっ……」
 ミルは目を瞠って下肢を引きつらせ、知らず細腰をせり上げた。
 ペニスに絡ませた尻尾を動かすたびに、腰の奥から燃え上がるような快感が湧き上がってくる。体験したことのない、あまりに強い感覚に、ミルは完全に喉が引きつって小刻みな呼吸しかできなくなった。
 いつしかうっすらと肌が薔薇色に染まって、きめの細かい肌に汗が滲み始めた。
「あ、あッ……やんっ……き、きもち、いッ……」
 自分でもわけが分からなくなり、ミルは身体の芯を繰り返し走る悦びに、しきりに腰をくねらせた。乳首を弄る指先もいっときも止められず、喘ぎながら何度も濡れた腰を持ち上げる。尻尾の絡むペニスからは淫らに湿った音がひっきりなしに生じ、その繊細な鈴口には尻尾の先端が遊んでいた。
「あッ、あぁッ……あぅ、やっ、あぁっ」
 ミルの薄い背が弓なりにしなって、いよいよ燃え上がる官能に耐え切れなくなった。吹き上げてくる射精感のままに四肢を痙攣させて、ミルは小さな悲鳴を上げた。
 アルドに乳首を強く引っ張られたときのように、否、あのときよりも強い快感が、灼熱感を伴ってペニスから放出された。
 じんじんと痺れるような絶頂の名残りに、ミルは汗に濡れた身体をくたっと弛緩させて、呼吸を弾ませた。
「きもち、い……」
 何がどうしてこうなったのかはよく分からないが、これはとても気持ちが良い行為だということだけは、ミルは理解した。
 放出を境に、滾るようだった腰から急速に疼きが薄れて鎮静しつつあったが、ミルは物足りなくて自分の股間に指先を伸ばしてみた。
 蜜や吐き出したものでぺちゃりと濡れたそこは、先程とは打って変わって、普段のように柔らかく萎えていた。
「ひゃんっ?」
 ただ普段と違うのは、神経が何倍にも鋭敏になっているように感じられたことだった。そこに指がふれただけで、ミルは逃れるように腰を動かし、そんな自分の反応にもまた驚いた。
「あれぇ……?」
 不思議に思ってまた指先を自分のペニスに伸ばしてみたが、やはりひりひりするほど過敏になっていた。これを我慢してさわってみたら、きっともっとずっと強い快感を得られるのだろうとは思ったが、自分ではとてもさわっていられない。物足りなくはあったが、諦めてミルは指を引っ込めた。
「へんなの……」
 少し休んだら、またさわれるようになるだろうか。そう思って手脚を投げ出したら、急速に眠気がやってきた。
 ミルにしては長く起きていたし、おなかもふくれているし、それに今ので気持ち良くなったら、餓えていたような感じもちょっとおさまった。
 どうせあーちゃんいないし、寝ちゃおうかな。
 うとうとしながら思ったときには、ミルの意識は、すとんと眠りの中に落ちていった。

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