孵化 -後-

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「ひゃっ」
 つうっと薄い脇腹をすべったアルドのしなやかな指先に、少年が驚いたような声を上げた。アルドは構わず、少年のいかにも皮膚の薄い、きめの細かい素肌に指を這わせてゆく。
「ひゃ、あんっ……くすぐったいっ。あ、んっ」
 少年は全体に細身ではあるが、ほどよく肉のついた身体のラインは危ういようなまろみがある。中性的で繊細な、大人未満の年頃特有の柔らかさ。
 けれど薄い肩や胸板、締まった腰まわりの小ささは、やはり少女ではなく少年のものだ。
 遠慮もなく検分するように、アルドの指が少年の上半身を、さらには白い脚をなぞる。肌の薄い少年の身体はひどく敏感でもあるようで、初めはくすぐったそうに笑いながら身を捩らせていたが、じきにその息遣いと肌の色が変わってきた。
「あ、あッ……ふぁ……っん……」
 細い顎が明らかに上向いて、はぁはぁと息遣いが細切れに上がり始める。そのミルク色の全身は、えもいわれぬほど艶めいて美しい、うっすらとした薔薇色を帯びつつあった。
 アルドの指先が肌をつつき、すべるたびに、少年が反応して甘い声を上げる。そこには明らかに性感の震えがあり、やがて体温の上昇を物語るように、少年の柔らかな素肌がしっとりと湿ってきた。
「悪くない感度だな」
 無造作に肌を撫でられているだけなのに、明らかに淫魔の少年は感じていた。それをはっきりと示して、その股間ではまだ幼いようなペニスが膨れ、首をもたげていた。
 少年の赤みを帯びた目許が潤んで、瞳が宙を彷徨う。自分で自分の身体の反応を持て余しているように、少年は無意識のように細い腰を揺らした。
「あんっ」
 その拍子に揺れた自分のペニスから伝わった振動と刺激に、少年が驚いたようにびくりと腰を跳ねさせた。深みを増したローズクォーツの瞳が瞬く。
 すぐに自分のどこから甘やかな刺激が生じたのかを理解したらしく、少年はたちまち細い腰を持ち上げ、その刺激をもっと得ようとするように揺らした。さらに黒い尻尾を動かして、己のものに絡みつかせようとする。
「あ、あっ……ここ、さわってぇ……」
「こらこら。慎みの欠片もないな、おまえは」
 そう簡単に少年の望むものを与えてやるつもりなどないアルドは、すぐに少年の尻尾と脚にも金色の組紐を絡ませた。少年の白い脚をぴたりと折り曲げて拘束し、自分では動けないように大きく左右に開かせる。
 淫魔の少年は随分とあられもない姿になったが、少年自身にはそんなことを恥じらう感性は存在しないようだった。ただ不満気に、疼く腰がたまらないのだろう、動けない中でもなんとか切なげに腰を揺らめかせた。
「あぁん……いやぁ。ほどいて、これっ」
「我が侭を言うな。嫌ならもうキスしてやらんが、いいのか?」
 突き放すようにアルドに言われ、少年は泣きそうにくしゃりと顔を歪めた。澄んだ瞳がアルドを見上げて、ふるふると首を振る。
「やだ、ほしい。言うこときく」
「そうか。良い子だな。それじゃあ、良い子には少しだけご褒美をやろう」
 アルドは少年の髪を一撫でしてから、その胸元に手を伸ばした。
 腕を後ろ手にされているせいで、少年の胸板はゆるやかに反らされている。
「ひゃうっ?」
 その胸元でツンと上向いていた小さな粒をつつかれ、少年はまた仰天したように目を丸くし、全身でびくりと反応した。
 すっかり感度の高まっていた少年の乳首は、初々しくぷくりと膨れて、その唇よりも少し濃いピンクに色付いていた。明らかに充血したそこを、感触を確かめるように、アルドは指先でゆっくりと捏ね始めた。
「やッ……あ、あぁあんっ」
 咄嗟に言葉も継げなくなったように、少年が短い悲鳴を上げて喉をのけぞらせた。アルドにふれられた小さな突起から、今までの比ではない刺激が走ったのだろう。霧を噴いたように汗に濡れてうっすらと薔薇色に染まった肌に、さあっと鳥肌が生じたのが見て取れた。
「……ほう」
 その敏感すぎるほどの反応が面白く、アルドは丹念に、少年の緩く反らされた胸元で震えている、小さな二つの粒を刺激してやった。くすぐるほどの軽さで輪郭をなぞり、指の腹で捏ね、押し付けるように強めに転がし、先端のくぼみに爪を引っ掛ける。少年の本来淡い桜色の小さな乳首は、アルドにいいように弄られるうちに、見る間にいっそう赤みを増して膨らんでゆく。
「あ、あっ……あぁ……はぅ……ん……」
 少年の唇からは既にまともな言葉はなく、ただ熱い吐息と甘い声ばかりが零れた。ローズクォーツの瞳は酩酊したように潤み、仰向けに拘束された身体が、ひくひくとたまらないように震えている。その股間では、その快楽と欲望の象徴が先程よりもいっそう勃ち上がり、先端から零れる蜜が竿を伝っているばかりでなく、下腹の上にもぽたぽたと雫を落としていた。
「なかなかに可愛らしい声を出すな、おまえは」
 あまりに気持ちの良さそうな少年の様子に、アルドはそのとろけた瞼の上に軽く唇を当てた。薔薇色の髪を撫でてやりながら、僅かに赤紫の瞳を細める。
 少年の乳首を挟んだ指先に、前触れもなく、アルドは小さな粒が潰れるのではというほどの力を加えた。
「ひッ!」
 いきなり与えられた痛みに、少年が目を剥いて悲鳴を上げた。
「いや、やッ……いたい、あ、ぁあっ!」
 痛みにのけぞって全身に力をこめ、痛みに震えながら悲鳴を上げるいたいけな少年の姿に、アルドの中にある甘い嗜虐心がそわりと撫でられた。
「これくらいでちぎれたりはせん。我慢しろ」
 少年の充血しきった硬い粒をきりきりと抓りながら、さらに強く引っ張ったところで、しかし思いもよらぬことが起きた。
「いや、いたい、いやッ……ああああぁあッ!」
 反っていた身体をさらに反り返らせて、少年が全身を硬直させてひときわ高い叫びを放った。それと共に少年の拘束された下肢が痙攣し、勃起しきっていたペニスから白い熱が迸った。
「あッ……あ……あ……」
 生まれて初めての射精だったのだろう、少年は何が起きたのか分からないというように肩で息をし、いきなり身を突き抜けた感覚に小刻みに震えていた。痛みと快楽のあまりか、大きな瞳は涙に濡れて焦点がかすんでいた。
 その様子を、アルドはぽかんとして見下ろしていた。
 淫魔なのだし多少手荒くしても大丈夫だろう、とは思っていたが、これでいきなり射精するとは思わなかった。これは将来有望というべきか、思った以上に楽しめそうだというべきか。
 思わず笑みが浮かんできて、アルドは震えている少年の首筋に口付けた。
「ふぁ……」
 少年は多少朦朧としていたようだったが、首筋を強く吸引されたちくりとした痛みで、けだるげに瞳を瞬いた。
 少年の上気した肌にくっきりと刻みつけられた赤い痕を確認すると、アルドはそのしっとりと汗に湿った髪を梳いてやった。
「躾がまだまだなことは、今日のところは大目に見てやろう。感度が良いのは気に入った。どうだ、気持ちが良かっただろう?」
 少年は潤んだ瞳で、まだよく頭が働いていないように、ぼんやりとアルドを見上げていた。髪を撫でられる感触が心地良いらしく、ほぅと柔らかな溜め息が少年の唇から洩れた。
「……ん……きもち、よかった……」
 その邪気のない素直な呟きに、思わずアルドは小さく笑ってしまった。


 少年が自身の腹の上に吐き出した白いものを、魔力を宿した掌で軽く一撫でしてきれいに拭ってやると、アルドは少年を腕の中に抱き起こした。
 初めて達したばかりで眠たげな少年を、アルドは自分に凭れさせる。少年の背でその腕を拘束していた紐を解いてやりながら、アルドは言った。
「おまえに名前をつけてやらんとな。何が良いか」
「なまえ……」
 眠そうにしながらも、少年が瞳を持ち上げた。その脚からも拘束を解いてやりながら、アルドはぶつぶつと続けた。
「どうせなら分かりやすい方が良いな。そうだな……」
 少年の甘く柔らかいミルク色の肌に、そこから紐を解いていたアルドは、ふと目をとめて手をなぞらせた。
「……ミル」
 ​​​──ミルク。と言いかけて、最後の一文字を言う寸前で止めた。いやいや、と自分で自分に対して制止をかける。いくらなんでも可愛すぎる上に、何よりそんな名前では、アルド自身も呼ぶのが恥ずかしい。
「みる?」
 途中で切られたそれを耳ざとく聞きとめた少年が、一気に眠気も吹き飛んだように、ぱっとローズクォーツの瞳を明るくした。魔力が言霊にも力を与える世界で、力の強い存在から名前を与えられる、ということの意味を本能的に知っているその顔は、妖艶な貌を持つ淫魔とは思えないほど、純粋に嬉しそうだった。
「僕、みる? みるでいいの?」
「…………」
 嬉しそうに繰り返しながら覗き込んでくる少年の顔が、あまりにあどけなく期待に満ちている。
 ……まあ、ミル、ならまだ良いか。
 どうやら少年当人が気に入ったようであるし、アルドは訂正するのも可哀想な気持ちになってきて、そのまま頷いた。
「ああ、そうだな。今日からおまえの名前はミルだ」
 アルドがそう言い切って頷いたのを見ると、ミルと名付けられたばかりの淫魔の少年は、満面で輝くように笑った。全身で喜びを示すように、ミルはがばっとアルドに抱きついた。
「名前うれしい。ありがとう。すごくうれしい」
 まだ語彙があまり多くないらしいミルは、つたなく何度も、うれしい、ありがとうと繰り返した。嬉しくてたまらないという感情が零れ出ているように、その尻尾もぱたぱたとシーツの上でせわしなく音を立てていた。
 これはこれで、悪くはないな。
 ぴたりとくっついて全身で素直な喜びを示している淫魔の少年に、アルドはその手ざわりの良い髪を撫でてやりながら思った。
 と、ぱたぱたと続いていたミルの尻尾の音が、はたりと止んだ。
「ん?」とアルドがミルを見下ろすと、ミルも何やら考え深げな顔をして、じっとアルドを見上げていた。
「……あなたは、なんていうの?」
「私か。私のことは、アルドヴァイト様と呼ぶがいい」
 アルド、というのはアルドヴァイトの略称である。同等や格上の者からなら略称でも良いが、やはりミルには正式な名で呼ばせるべきだろう。
「ある……あるどば……あるる……」
 アルドの顔を見上げたまま、ミルは口の中で何度か繰り返す。舌に馴染まないのか、むー、とその眉間にしわが寄り、やがて妙に自信満々に、ぱっとローズクォーツの瞳を持ち上げた。
「あーちゃんっ」
「…………は?」
「あーちゃん!」
 どうやらアルドヴァイトでは、舌がもつれてうまくまわらないらしい。今度はアルドの方がむっと眉間に皺を寄せ、もう一度言い聞かせた。
「アルドヴァイト様、と呼べ」
「えー。やだ。そんなの呼びにくい」
 ミルが不満げに言うのに、ますますアルドはむっとした。
「やだ、じゃないだろう。そんな威厳もへったくれもない呼ばれ方は私も御免だ」
 あまり仰々しいのもどうかと思うが、仮にも高位の悪魔である自分が「ちゃん付け」で呼ばれるなど、寛容できるわけがない。
 しかしミルはミルで、一向に譲らなかった。真摯な瞳で真っ直ぐにアルドを見上げ、何がいけないのかという様子で訴えてくる。
「どうして? あるるばでも、あーちゃんでも、あーちゃんはすごく綺麗でかっこいいよ。あーちゃんは変わらないよ」
「だからなぁ」
 まったくこいつは、叱りかけたところで、しかしふとアルドは思い当たった。
「……もしかしたら、アルドヴァイト、と呼ぼうとすると、あるるば、になるのか?」
 問いかけてみると、こくり、とミルは頷いた。
「うまくいえないもん。そんなややこしいの」
「…………」
 アルドはしばし沈黙した。ミルの眼差しは真剣そのもので、冗談を言っているとも思えなかった。そもそも生まれたての赤ん坊と大差ないミルには、冗談を言う、などという発想自体がまだ存在していないだろう。
「……わかった。許す」
 軽く頭痛を覚えながらも、アルドは不承不承頷いた。あるるば、よりはまだしもマシな呼ばれ方だろうと、自分に言い聞かせながら。
「うんっ」
 ミルは尻尾をまたぱたぱたさせながら頷き、アルドにぎゅうっと抱きついた。あまりに無邪気で罪のないその様子に、アルドは苦笑した。
 なついた小動物のようにアルドの宵闇の衣に頬をすりすりさせていたミルは、アルドの衣の端を握り締めたまま、思い出したようにその顔を見上げた。
「美味しいの。ちょうだい?」
「ああ、そうだったな」
 そういえばと思い出して、アルドはミルの顎を指先で持ち上げた。ミルのふくりとした艶のある唇に唇を重ねて、ゆっくりと舌を絡めてやる。
 ミルは本当に美味しそうに、うっとりとアルドとのキスを味わった。気がつけば尻尾の動きも、快く酔っているような、ぱたり、ぱたり、というゆっくりとしたものになっていた。
「​​​──今日はここまで。もうごちそうさまをしなさい」
 やはり放っておいたらいつまでもキスしていそうだったので、適当なところでアルドはミルの肩を押して引き離した。あぅ、とミルは残念そうにしたものの、今はそれ以上に嬉しいというように、にこりと純真な瞳で笑いかけた。
「わかった。ごちそうさまでした。あーちゃん、本当にありがとう」
 そしてまたぎゅうっと抱きついてきた淫魔の少年に、アルドはやれやれと思いながらも、その頭を撫でてやった。
「頼むからこの屋敷の外では、あーちゃんとは呼んでくれるなよ」
「うん、あーちゃんわかったっ」
 ​​​──全然分かっている気がしない。
 天真爛漫に頷いたミルに、アルドはまた嘆息した。


(了)

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