フルーツのような甘い芳香が漂う中、天蓋から下がった紗幕をよけて寝台を覗き込んだアルドは、そこに転がっていたミルの姿を見つけた。
外出から戻り、家令からミルが随分寂しがっていたようだと言われて寝室に足を運んでみたのだが、ミルは幼い子供のように手脚を丸めて眠り込んでいた。しかし、まあ。
「……こんなことだろうとは思ったが」
くぅくぅと平和な寝息を立てているミルは、眠る前まで明らかに一人遊びに興じていたと思しい様子だった。
ミルが興奮すると、その身体から漂う甘い芳香が強くなる。その香りはやはり催淫効果を持っているのだが、ミルよりはるかに高位で力のある悪魔であるアルドには、その程度では微々たる影響もない。
「しかしなんだ、この格好は?」
全体に布地が少なく、肩も脚も腹も剥き出しになっているミルの扇情的な黒地の着衣は、レースとリボンと編み上げとで可憐に装飾されている。そんなものを身に纏い、無防備にしどけなく手脚を投げ出して眠っているミルの姿は、不覚にも実に可愛らしかった。
ミルが自分で選んでこんな服を着るとも思えないから、大方家令あたりが見立てて着せたのだろう。
なかなか悪くない。むしろでかした。と思いながら、アルドはベッドに上がってミルに近付いた。
「ふぁ……?」
眠り込んでいたミルが、アルドが上がったことで揺れた寝台に気がついた。眠たげなローズクォーツの瞳が開ききるよりも先に、アルドはミルの柔らかく華奢な身体を抱き起こして、自分に凭れさせた。
「あー。あーちゃん、おかえりなさいー」
宵闇の衣の袖の中に入れられたミルが、至近距離のアルドの顔を見上げて、目が覚めたようにぱっと瞳を輝かせた。舌足らずな声で言いながら首に抱きつき、すりすりと頬ずりしてくるミルに、アルドもその淡い薔薇色の髪を撫でてやった。
「今戻った。きちんと良い子にしていたか、ミル?」
「してたよー。ちゃんとお洋服も着たもん」
「お洋服……」
その格好でその表現は随分と語弊があるまいか、と思いはしたものの、アルドはそれについてはスルーした。
「そうか、それは偉かったな。でも、本当に良い子にしていたんだろうな」
わざと多少声音を低めて問うと、ミルはきょとんとアルドを見上げた。
「してたよ? どうして?」
「ここに一人で悪戯をしていたろう」
ミルの薄い身体を押さえるように強めに抱き、その尖った耳元に囁きながら、アルドはその股間に手をすべり下ろした。
「ふぁっ?」
急にペニスをアルドの手に握られて、ミルはびっくりしたようにその腕の中で飛び上がりかけた。
「ここに自分で悪戯していたんだろう? おまえは私の伽役だというのに、一人で勝手なことをして楽しむなどけしからん話だ」
生まれたてで実質赤ん坊同然の相手に、アルドもさして本気で言っているわけではない。むしろからかう気持ちの方が強かった。アルドは特定の相手にあまり執着を持たない方ではあったが、こうまで手放しで嬉しそうに迎えられ、その上「寂しそうにしていた」と聞かされては、ミルが実質赤ん坊でまだ幼いだけに、放っておいてすまなかったかな、という気持ちもわいてくる。可愛いと思う相手ほど、ちょっと虐めたくなるのはアルドの性分でもあった。
さてどうしてやろうかと思いながら、アルドはミルの耳朶や耳の縁に軽く舌を這わせつつ、その股間を弄り始めた。
「あっ、あッ……あ、そこ、やぁんっ」
ミルがアルドに抱き込まれたまま、たちまち甘い声を上げた。アルドの手の中でミルのペニスはすぐさま反応し、充血して勃ち上がり始めた。
「ついこの間卵から孵ったばかりだというのに。もうこんなことを覚えたとは、悪い子だ。さすがは淫魔というべきかな」
少しペニスをすくって揉んでやっただけで敏感に反応し、すぐに吐息に熱と潤みを孕み始めた淫魔の少年に、アルドは含み笑った。
「だ、だって……きもち、い、もの……ぁんっ」
ミルは早くもアルドの言葉が半ば耳に届いていないように、ただその首に抱きついて、もっととねだるように身体を押し付けた。少しそこを弄られただけで、ミルはすっかり目付きをとろんとさせていた。
素直に反応して上向いているミルのペニスから、アルドはいったん手を離した。
「まったく。こんな悪い子には、お仕置きが必要だな」
「おしおき……?」
アルドはミルの白い脚を広げさせ、小さな布地の間から覗いたペニスを晒すと、その根元についと指先を近づけた。すると勃ち上がったそこの根元に、何もない空間から滲むように煌く輪が現れ、瞬きのうちに実体を持ってくるりと巡らされた。
「なぁに、これ?」
きらきらとしたピンクゴールドのリングのように見えるそれに、ミルが首を傾げた。不思議な紋様が刻まれ、金属的な光沢を持っているそれには、色鮮やかなルビーが填め込まれている。それだけであれば、ミルに合わせて作った装飾品のようだった。
不快感はないが、なんだか違和感はあって、ミルはアルドの顔を見上げようとした。
「やんっ」
そのペニスをアルドの手にきゅっと握られ、ミルは身を引きつらせた。
「さぁ。なんだろうな?」
アルドはおかしそうに笑いながら、ミルの耳殻を軽く噛む。ふるっとミルが身震いし、さらにペニスをそのまま扱き始めたアルドの手に、白い喉をのけぞらせた。
「あッ、あ、やあぁんっ」
ミルの手がアルドの衣を握り締め、恥じらうよりもむしろもっとというように、アルドの手に腰を押し付けた。
ミルは広げられた脚を閉じようともせず、ただアルドにすべてを委ねるように凭れて、甘い吐息を零しながら陶然と目を閉じた。睫毛の長いその顔はまだ子供である一方で、見る者の官能をそわりと煽るように、妖しいような艶を纏わせもていた。
ミルのペニスの先端からこぼれる蜜が、アルドの指にも絡んで、くちゅくちゅと音を立てる。アルドはミルの股間をまさぐりながら、その細い首筋から胸元にも、順に唇を押し付けた。
やはり服としては頼りないことこの上ない布地をずらすと、すぐにぷくりと膨れた乳首が現れる。普段より濃い目のピンクに色付いたそこをアルドが舌で転がし、口に含むと、ミルはますます声を上ずらせて背筋を震わせた。
愛撫されるうちにミルはすっかり恍惚となり、アルドの袖の中で悩ましい吐息を零して濡れた声を上げていたが、じきにその息遣いが切羽詰ってきた。
「あッ、あ、あっ……あ、あーちゃ、っ……」
アルドにしっかりと押さえるように抱き込まれたまま、ミルが腰を痙攣させる。苦しげな息遣いに喉がのけぞり、びくっと幾度となく細い四肢が引きつった。
「あぁ、あつ……あッ、あぅっ」
いつしか呼吸が完全に乱れ、少年の柔らかなミルク色の肌が、滲む汗にしっとりと濡れそぼる。きつく瞼を閉じ、きゅっと寄せられたミルの眉根は、快楽というより苦痛を堪えているようにも見えた。
「あぁ、あーちゃっ……あ、あつい、こし、へんっ……」
震える指でアルドに必死にしがみ付き、何度も息を呑みながら、やっとのようにミルは訴えた。そのペニスは今やこれ以上にないほど硬く膨らみ、先端からはとろとろと蜜があふれ続けている。
その様子をちらりと見やったアルドが、ぐちゅり、といっそう強くミルの蜜まみれの屹立を扱いた。
「ああぁあッ」
ミルが悲鳴じみた声を上げて、びくんと腰を揺らした。アルドは構わずそのペニスを揉みしだきながら、口に含んだその乳首に軽く歯を立てて引っ張った。
ミルはたまらないようにアルドの手に腰を押し付け、喉を喘がせるものの、今やすっかり全身が上気して薔薇色に染まった肌の震えはおさまらなかった。
「やッ、あーちゃ、だせ、ないっ……やああぁっ」
腰が芯から燃え滾る強い快楽と、どれほど昂まってもそれを一向に吐き出せない苦痛とに、ミルが息を切らしながら涙を滲ませた。頬を紅潮させたその目許に透明な涙の粒が煌く様は、幼くあどけなく、同時に滴るように淫猥だった。
「いやっ、あ、あぅッ……あ、あーちゃ、たすけ、てッ……」
アルドはミルの胸元から唇を離して、泣きながらしがみ付いてくるその髪を撫でた。
「言ったろう? 悪い子には少しお仕置きだと」
ミルの耳元にむしろ優しく語りかけてやりながら、アルドはしかし、そのペニスをいっそう手加減なく嬲った。火が付いたように熱いミルの中心を、より感じるように丹念に扱き、つるりと膨らんだ亀頭を指の腹でぐりぐりと刺激する。
ミルは汗まみれの全身を間断なく痙攣させ、ぽろぽろと涙を零して甘く高く啼きながら、震える指でアルドにしがみ付いた。懸命にすがって助けを求めながら、しかし苦痛と紙一重の激しい快楽に翻弄されてあられもなく乱れる幼い淫魔の姿は、極上に愛らしく妖艶で、アルドの口元に自然に笑みが浮かんだ。
「あ、あッ……あぅ……もう、やぁ……お、おねがい、あーちゃ……っあ、あぁッ」
やがてずっと声を上げ続けたミルの喉がかすれてきた頃、アルドはようやく戒めを解いてやることにした。ぎゅっと閉じたまま涙を零し続けているミルの瞼に、やんわりとキスをする。
「なかなか悦い声を上げてくれたし、そろそろ許してやるとしようか」
アルドの指先がペニスの根元の金の輪をなぞった途端、そこに作用して絶頂を封じていた魔力が解けた。
「あ、あッ、いやあああぁッ!」
暴力的なまでの灼熱感に、ミルが火照り切った身体を思い切りのけぞらせた。ずっと堰き止められていた甘美な白熱を、悲鳴と共に放出させる。止められていた分それは長く続き、ミルはしばらくの間がくがくと痙攣し続けた後、アルドの袖の中でがっくりと崩れるように脱力した。
「あ……あふ……ぁ……」
一気に駆け上がり貫いた激しい絶頂に打ちのめされ、ミルは何がなんだか分からないというように、呆然と涙に濡れたローズクォーツの瞳を彷徨わせた。
「これに懲りて、もう勝手に自分で悪戯をするんじゃないぞ。いいな、ミル」
アルドは汗びっしょりになっているミルの前髪を持ち上げて、白く可愛らしい額に軽くキスをしてやった。
「ふぁ」
全身が敏感になったままのミルは、ふるっとアルドの袖の中で震え、眩しそうにアルドの顔を見上げた。
「あーちゃ…………いっぱい、きもちよかった……」
涙に濡れて瞬いたローズクォーツの瞳があどけなく透明で、そこに深い満足が宿っているのを認めると、アルドは思わず小さく笑った。やはりこの淫魔は、刺激に対して悲鳴は上げても耐性は高いらしい。
「おまえは少し足りないが、可愛いな。ミル」
アルドはミルの柔らかな頬を両手に挟み、額から瞼の上に、眦にと、繰り返して唇を押し付けた。
「あーちゃん」
その言葉とキスのひとつひとつが、心地良く嬉しくてたまらないというように、ミルがくすぐったそうに笑った。
と、自分のペニスの根元についたままの金色のリングに気付いたように、ミルが不思議そうにそれを見下ろした。
「これ、このままなの……?」
「そのままだ。おまえは放っておいたら、みさかいなく一人遊びばかりしていそうだからな」
一人遊びばかりに励んで、肝心の夜伽に支障をきたすようでは困る。まだまだ幼く我慢のきかないミルのことだから、それは充分に有り得そうなことだった。
ミルは自分のそこについた金色の輪を困惑気味に見つめた後、アルドの顔を見上げた。
「ひとりできもちいの、だめなの?」
罪のかけらもない眼差しに、アルドはことさらいかめしく眉を寄せた。
「駄目だ。何のためのお仕置きだったと思ってる」
「でも、したい」
「するのは勝手だが、私が許さない限りは出せないから苦しいだけだぞ?」
アルドの言葉を聞いて、むぅ、とミルがかつてないほど難しい顔で考え込んだ。尻尾がぱたりぱたりと、左右に大きく揺らめいた。
「出せないの、や。きもちいのがいい」
「そうだろう。だから素直に私の言うことを聞いていろ。そのかわり、私がいるときはたっぷり可愛がって気持ち良くしてやる」
むー、とミルは可愛らしい皺を眉間に寄せて考え込んでいたが、やがて納得したのか、こくりと頷いた。
「わかった。あーちゃんにしてもらう」
「よしよし。良い子だ」
アルドがミルの頭を撫でてやると、ミルは気持ち良さそうにローズクォーツの瞳を細めた。ミルはアルドの首に腕をまわすと、ぎゅうと抱きついた。
「あーちゃん。良い子のご褒美は?」
無邪気さと芳醇なジャムのような甘さと、どこかにしたたかな煌きを含んだ瞳で覗き込まれ、アルドは思わず笑ってしまった。
「そうだな。それじゃあ、良い子にご褒美をやろう」
まだ熱を帯びて甘い芳香を纏っているミルの身体を袖の中に抱き寄せて、アルドはそのピンク色のふっくらとした唇に唇を重ねた。深く与えるような、そしてとろけるような口付けに、ミルはうっとりと頬を染め、自分からも舌を絡めて美味しそうに味わった。
「ぷは」
少し疲れただろう、とアルドが長めにキスをしてやってから離すと、ミルはご満悦の様子で、小さな可愛らしい声を漏らした。
「あーちゃん、やっぱり美味しい」
にこりと笑ったミルは、そこでふと思い出したように、自分の格好を見下ろした。
「あのね。このお洋服ね。あーちゃんは好き?」
「ああ、悪くないぞ。おまえによく似合っている」
アルドが素直に言うと、ミルは「えへへー」とまた嬉しそうに笑った。ミルはアルドに甘えるように抱きついて、その膝の上で眠たげに丸くなった。
「あーちゃんに気に入ってもらえたなら、嬉しい。よかった。あーちゃん、大好き……」
唇の中でごにょごにょ言っていたかと思うと、すぐにミルの睫毛が頬に落ちて、小さな寝息が聞こえ始めた。
どうやらよほど疲れたらしいと、アルドはこの淫魔の少年に随分甘くなっている自分を自覚しつつ、その無心な寝顔を見下ろした。
「こんなのも、案外悪くはないな」
前にも思ったことをあらためて繰り返しながら、アルドはミルのほんのり紫を帯びた淡い薔薇色の髪を撫でた。
長く生きてはきたが、ここまで混じりけなく無垢な好意を向けられたことなど今迄なかったので、それが少しこそばゆくはある。淫魔である少年の中には、本能に結びつく打算もどこかにあるのかもしれないが、むしろそれくらいのしたたかさを含んでいる方が、アルドにとっては好ましく面白みもあった。
「存外に気に入った。本格的に可愛がってやるか」
アルドはミルの頬に軽くキスをして、赤紫の瞳に微笑を閃かせた。
(了)