三章 赤い涙 (5)

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 気を失っていたのは、ほんの短い時間だった。ユアンがうっすらと意識を取り戻したとき、絨毯の上に転がされたまま、唇に唇を重ねられていた。深く挿し込まれた舌がユアンの舌を攫い、吸い上げながらくねっている。
「う、……っ……」
 フィロネルに口付けられているのは分かったが、ユアンはひどく頭がぼんやりして、拒むことができなかった。焼印を押された肩と背中が、ずくずくと炙られるように痛む。そして全身が妙に熱く、表皮がざわめいて、腰の芯が無視できないほど疼いていた。覚えのあるその感覚に、含まされた媚薬が効き始めていることをユアンは認識した。
「んっ、……う……っ」
 まさに貪るような口付けに一方的に口腔を嬲られ、濡れた音を立てながら粘膜を柔らかく擦られると、ぞくぞくとユアンの背筋に官能の漣が生じた。それは腰の中心から湧き出ているようでもあり、そこにめがけて身体中から蓄積されてゆくようでもあった。
 深く口付けられながら、脂汗に濡れぐったりとしたユアンの胸元に掌が這わされた。後ろ手にされた無防備な胸をフィロネルの手は撫で回し、やがてそこで尖っている突起に向かった。
「ッん……!」
 乳首を抓られて、ユアンの喉から声が洩れた。しかし口を塞がれているために、それは籠もった苦しげなものになる。フィロネルの指はユアンの乳首を強めに捏ね、爪で挟んで引っ張り、捻り上げた。ユアンは苦悶するような皺を眉間に寄せ、塞がれた唇から呻きを洩らし、反らされた胸板をひくりと幾度も動かした。
 フィロネルの唇がようやく離れたと思ったら、抱き起こされて口元に何かの飲み口をあてがわれた。
「ん、っ……ぐ」
 あの妙な媚薬ではない。つんと薬臭いのは変わらなかったが、毒を喰らわばという半ば投げやりな気持ちで、口に流し込まれるままにユアンはそれを飲み下した。
 引き起こされたまま、ユアンは頭をふらつかせて乱れかけた息をついた。
 焼印のせいで、一気に気力と体力を削り取られていた。肩と背中が燃えるように痛むのは変わらなかったが、神経を狂わせる媚薬のせいもあるのか、それも少しずつやわらいでいる気もする。
 これでフィロネルの気が済んだとは思えない。次は何をされるのだろう、とあまり回らない頭で思っていると、頬を掴まれて口を開けられ、突然轡のようなものを突っ込まれた。
「ぐ……ッ!?」
 頬から後頭部に革帯を回され、轡を固定された。どういった仕組みなのか分からないが、ユアンはそれのせいで、大きく口を開いたまま閉じることができなくなっていた。
 戸惑っているうちに、立ち上がったフィロネルに前髪を掴まれて引き寄せられた。と思うと、閉じることのできない口に、いきなり熱い肉の塊が押し込まれてきた。
「う、ぐっ……!」
 ぼうっとしていた頭が、殴られたように覚醒した。閉じることのできない口に押し込まれたのがフィロネルの陰茎であることを理解し、ユアンはたちまち悪寒と吐き気を覚えた。
「舌を使ってしゃぶってみろ」
 暗い欲望と笑みの気配を宿したフィロネルの声が、頭上から降ってきた。その腰に顔を押し付けられたユアンは、そんなもので口を塞がれた衝撃と息苦しさと屈辱とで眩暈がした。
 しかし、フィロネルの前に跪かされ、後ろ手に括られたままの腕はびくともせず、もがけば手枷に繋がれた首輪が引っ張られて喉が締まる。どんなに拒絶したくても、頭を掴まれて押し付けられている上、口を閉じることもできなかった。もっともだからこそ、フィロネルもユアンにこんなことを強いたのだろう。口が自由になれば、ユアンは間違いなく押し込まれたものを喰いちぎっていた。
 そうこうするうちに、頭の芯が晴れて五感がはっきりしてきた。先程飲まされたものは気付け薬か何かだったのかもしれない。だがこの状況で感覚が鮮明になってきたことを、ユアンは恨まずにいられなかった。
「ぐ、うっ……ぐ……」
 フィロネルの勃起したものは、ユアンの口腔をまさに犯していた。口いっぱいに頬張らされたそれの肉感と体温に、その形に、ユアンは何度も怖気を生じて呻いた。フィロネルの両手はユアンの髪を掴み、慈悲のかけらもなく頭を揺さぶる。滲んできた先走りの味にユアンはいっそう吐き気を催した。息苦しさと惨めさに、ぎゅっと瞑った眦に汗に混じって涙が滲んだ。押し込まれたペニスに奉仕するためではなく、なんとか押し返したくて必死に舌を動かすうち、閉じることのできない唇から顎に唾液がぬらぬらと零れて伝った。
 そのうちフィロネルのものがせばまった喉の奥まで押し込まれてきて、ユアンは呻いた。苦しさと吐き気に喉がひくつき、口腔内を圧迫しているものを拒むように締め付ける。フィロネルにはそれが良い刺激になるようで、ユアンの苦痛に構わず、その頭を好きに揺らして喉の奥まで何度もペニスを突き込んだ。
「う、ぐっ……!」
 不意に股間にフィロネルの足が割り込んできて、ユアンはびくんと震えた。苦痛しかないはずなのに、気が付けばユアンのペニスもまた勃ち上がっていた。 
 ユアンの頭を揺らしながら、フィロネルはその股間を弄び、躙るように足を動かす。あの媚薬のせいだと分かってはいたが、身体が反応していること自体が惨めで、しかもそこを足蹴にされ、悔し涙にいっそうユアンの目頭が熱くなった。
 心と意思に反して、ユアンの腰はびくびくと反応した。身体の芯に熱が溜まり、疼いてどうしようもなくなってくる。
 だがフィロネルは、ユアンに射精を許さなかった。ユアンの全身が脂汗とは異なる苦悶を帯びた甘い汗に濡れ、踏み躙られるペニスがはち切れんばかりに硬く膨らんだところで、その足が引かれた。
 そのかわり、フィロネル自身がユアンの口内に白熱した体液を吐き出した。ぐぅ、と声を洩らしたユアンの頭を、フィロネルは自らの腰に強く押し付け、命じた。
「飲め。吐き出すなよ」
 ユアンは呻き、咳き込み、涙を流して苦痛と嘔吐感と戦いながら、しかし息苦しさに負けて青臭い体液を無理矢理飲み込んだ。それはまるで身体の中まで穢されるようで、下を犯されることとはまた異なる嫌悪感と怖気があった。
 ある程度まで飲み込んだところで、ユアンは髪を引っ張られて離され、床に突き転がされた。ユアンは喘ぎながら激しくむせ、口の中に残っていた精液を吐き出した。苦しさと惨めさで、下睫毛を涙が濡らした。
 その口から、乱暴に轡を外された。やっと口が自由になると、嗚咽が洩れかけて、ユアンは慌てて唇を噛んだ。
 自分の股間が完全に反り返っているのが目に入り、また惨めさに顔を背ける。そうしながら、身体の中心で滾るものに切なく腰をよじらせた。続く異常な事態に徐々にまともな思考が働かなくなりつつあり、それをまだ自覚できることが、いっそうユアンを苛んだ。
 人形のようになすがままのユアンの手枷から、フィロネルはいったん鎖を外し、後ろ手だった腕を前に回させた。ずっと背中に回されていた肩や腕が強張って痛んだが、そんなことにはおかまいなしだった。
 拘束具には鎖を自由に付け替えられるようになっている。今度は前で留め直された手枷を長い鎖に繋がれ、頭上に引っ張られて、ユアンは否応なしに立ち上がらされた。
 ユアンを引っ張り上げた鎖は、普段は隠されている天井の滑車に通されていた。この部屋の悪趣味な仕掛けのひとつだった。
 思った以上に足腰が立たなくなっており、ユアンはふらついた。さらに片脚の腿に皮の帯を新たに留められ、それにも鎖を繋がれて、片膝だけを持ち上げる格好で吊るされてしまった。
 片脚立ちを強要されたせいで、どうしても身体が不安定にぐらついた。股間を露わにされた屈辱的な姿だったが、それに意識を割ける余裕が、既にユアンにはなかった。吊られた苦しさや手首の痛みの他にも、不自然な体勢を強いられたあちらこちらの関節が軋み、呻かずにいられなかった。
 しかしユアンが何よりぞっとしたのは、この異様な状況と苦痛にも関わらず、それを悦びに変換しつつある自分の身体だった。あのおかしな薬のせいであろうと、身体が感じ始めてしまえば、その事実に救いはなかった。
 フィロネルは無言で、哀れなユアンの身体に手を伸ばした。露骨に勃起したそのペニスを撫で上げ、ユアンの喉をのけぞらせた後、フィロネルは何か奇妙なものを手に取った。
 革でできた何かに細い棒がついたそれが、ユアンには何をどうするためのものなのか分からなかった。拒むすべもなく、亀頭の先のひときわ敏感な鈴口に、先端を丸くされた細い棒を押し当てられる。あさましい蜜をかきわけ、ほじくるように数度ぐちぐちと動かされて、ユアンの奥歯が震えた。
 いくらか慣らすように動かされた棒が、ずぶりと先端を陰茎の中に進めてきたとき、ユアンの喉から強い動揺の声が上がった。
「あ、あッ……や、やめろ、何を……うあ、あっ」
 そんなところに異物を押し込まれた衝撃と、勃起しきった内部を擦られる未知の感覚に、ユアンは吊られたまま大きく目を見開いた。後ろの孔以上に狭いそこは、外部から侵入してくる異物を当然拒む。しかしフィロネルは余程手馴れているらしく、またユアンの身体も媚薬のせいで既に蕩けていた。小さな鈴口からはとろとろと蜜があふれ、潤滑剤としては充分だった。
 狭い中は挿し込まれてゆく細い棒をずぶずぶと飲み込み、さらにフィロネルは内側からユアンをいたぶるように棒を抽挿させた。下の袋ごと陰茎を掴まれ、腰を動かすことはできなかった。
 棒は弾力性のある柔らかな素材を使われているようで痛みはなかったが、そのおぞましいのか快感なのか分からない異様な感触に、棒を動かされるたびにユアンは細切れに喘ぎ、びくびくと身体を強張らせた。
「ひっ……!」
 やがて陰茎を貫いて深々と挿し込まれた棒の先端が、そこにあるひとつの器官を、肉壁越しに突いた。そこが後ろの孔の内から擦られると蕩けてたまらなくなる箇所であることを、ユアンは腰に生じた熱い感覚で知った。そんなところを身体の前から、こんなやり方で刺激されるとは思わなかった。
 ずぐずぐと動かされる棒にそこを幾度も突かれ、ユアンは悲鳴を上げて喉をのけぞらせた。その声はかすれながらも、明らかに甘い熱を孕んでいた。
「こんなふうにされて、そこまで悶えるほどに悦いのか? おまえもすっかり堕落したものだな」
 揶揄する声を聞き、ユアンは瞼を上げられないまま首を振った。その動きに、額や頬から伝い落ちる汗が顎先から振り落とされた。
 既に全身を蝕んでいる媚薬の効果に、ユアンはなんとか抵抗を試み、しかし無駄だった。挿し込まれた棒で灼熱した悦楽の塊を突かれるたびに、惨めに身体は反応する。腰から全身が燃え上がるようで、喘ぎがちの呼吸に息が上がった。吊られた腕も肩も脚も、焼印を押された痕すらもが、そこに生じた痛みを悦びにすり替えようとしていた。
 ユアンの身体の奥を弄んだ棒は、最終的にそのまま固定された。膨れ上がったペニスに細い革帯が回され、強く搾られて圧迫したまま、腰にベルトで固定される。どくどくと脈打つペニスにその仕打ちはたまらない苦痛で、その上腰が少しでも揺れると、奥まで挿し込まれた棒の先が動いて灼熱する核を突いた。
 それだけでも堪え難いところに、さらに後ろの孔にも奇妙な形をした淫具を押し込まれた。それは手を使って引っ張らなければ決して抜けない形になっており、ユアン自身の狭い肉道の蠢きによって、先端が下の孔の中からごりごりとあの箇所を抉った。
「ッ、あ、ぁあ…………ッ!…………」
 そこでとうとう、ユアンは堪え切れず、腰の奥で絶頂した。しかし無機質で残酷な淫具は、だからといってユアンを責め苛むことを止めず、そして射精を伴わない快楽には限りがなかった。フィロネルに繰り返し抱かれるうちにそれを貪るよう仕込まれてしまった身体は、びくびくと痙攣しながら卑しい反応を続けた。
「随分と気持ちが良さそうだな。困ったものだ。それでは罰にならんだろうが」
 熱い汗の滴を伝わせたユアンの顎を、フィロネルの整った指が持ち上げた。わざとらしい言葉に、ユアンは全身の気力を振り絞って、汗と涙がしみて霞みかけている目でフィロネルを睨みつけた。
「いい目だ。おまえは、本当にぞくぞくする……」
 フィロネルが紫色の瞳を細め、唇がふれそうなほどの間近に顔を寄せて低く囁いた。その舌がユアンの頬をべろりと嘗め、耳元まで移動して、ぐちゅぐちゅと耳の穴をまさぐった。ユアンは耳元はただでさえ弱くはあったが、今はさらに全身どこを触られても感じるほど昂ぶっており、潤んだ吐息とかぼそい悲鳴を漏らしてそれに震えた。
「そのように淫らに喘いでいるようでは、もっと厳しい罰が必要だな」
 ひとしきりユアンの耳を嬲った後、そう言いながら、フィロネルはユアンの乳首に唇と指先を寄せた。二つの粒を、じっくりと舐め転がされ、指先で撫でられ擦られる。そこは悲しいほど忠実に反応し、背筋から腰の奥までを貫く、もどかしいというには強すぎる甘美な慄きを走らせた。
「あっ、あ……ふ、っ……は、ッぁ…………っ!」
 両の乳首を弄られ、腰を撫でられるうちに、ユアンはまた身体の奥で絶頂していた。昇りつめるばかりの汗まみれの身体に、フィロネルはそれを察したのか、笑み含みながら胸元への濃厚な愛撫を続けた。下腹の内にあり欲望の火種を前後から嬲る淫らな器具も蠢きを止めず、ユアンはのけぞりながら何度も首を振り、咽ぶような喘ぎを上げた。
 やがて執拗に愛撫されたユアンの乳首は、充血してぽってりと肥大した。熟れた果肉のようになったそこに、フィロネルは小さな金具を取り付けた。それは膨らんだ乳首をちぎれるほどに挟んで締め付け、あまりの痛みにユアンは苦鳴を上げて上体をよじった。しかし天井から吊られて片脚立ちを強いられた体勢では逃れようもなく、多少身体が揺れただけだった。
 さらに金具には、かなりの重みのある錘が下げられた。ただ締め付けるだけならば、時間と共に痛覚も麻痺していずれは慣れる。しかし下がった錘が揺れることで金具には絶えず異なる力が掛かり、いびつに歪むほど締め付けられた乳首は痛みに慣れることを禁じられた。
「さて。一向に罰を受ける気のない慮外者を、直々に躾けてやろうか」
 既にぐったりとして呼吸の荒いユアンの前に、フィロネルが棒状の鞭を手にして立った。それは振られると緩く反り、空気を裂く鋭い音がした。
「ひ……」
 顔を上げたユアンの瞳に恐怖が滲み、無意識のうちにその首が弱々しく振られた。
「おや、まさか怖じ気付いたのか? 泣き叫ぶのは勝手だが、そう簡単に落ちるなよ。つまらんからな」
 しかしフィロネルは酷薄に嘲笑し、容赦なく鞭は振りかざされた。剥き出しの地肌に叩きつけられた強い打撃に、ユアンは不自由な身体を跳ねさせて苦痛の声を上げた。
 鞭は絶妙な硬度としなやかさを併せ持っていた。一打ちで肌が裂けるというほど強烈な衝撃ではないが、打たれればそこは赤く腫れ、何度もそれが続けばじわじわと皮膚が裂けてくる。しかもフィロネルの鞭はほぼ寸分たがわず、繰り返して同じところを打った。
 吊るされて身体を庇いようもないユアンは、何度も振りかざされ肉を食む鞭に、打たれるたびに抑え切れない悲鳴を上げた。胸といわず腹といわず腿といわず、瑞々しく柔らかな肌の上に無惨な赤い痕が無数に生じ、徐々に赤い血が滲み出してくる。何度も打たれるうちに、次第に頭の奥も神経も痺れてくる。
 それはじっくりと時間をかけて、全身を灼かれるような熱さに変化していった。身体を返されて背と尻も打たれたが、痛みでしかないはずの鞭の打撃が、気が付けば性器を扱かれるに匹敵するほどの快感に変貌していた。
 いつしか乳首の痛みも、鈍痛と入り混じった甘い疼きに変わり、そして腰の奥ではいっそう柔肉が蠢いて、灼熱し続ける箇所を淫具が絶え間なく責めていた。
 もう堪える力もなく、打たれながらユアンは幾度となく高みに駆け上がった。喉から上がる声もただの悲鳴ではなく、苦しげな中に明らかに愉悦の色が滴っていた。
 ユアンが気を失わないよう、フィロネルは何度か水と気付け薬を飲ませた。もはや身体のどこがどう感じ、どう反応しているのかも分からなくなり、ユアンはただ濡れた身体を揺らめかせて喘ぐばかりになった。後ろの秘孔はひくひくと痙攣しっぱなしで、食まされた淫具により何度も絶頂に追いやられた腰は、自分の身体の一部とは思えなくなっていた。革帯に強く圧迫され、挿し込まれた棒のせいで吐精を禁じられた性器は、精巣までもが破裂しそうに膨れ上がり、ずくずくと重く疼いてただひたすら苦しかった。それなのにその苦痛が、もう何も考えられなくなるほど、気が狂いそうに悦かった。
 濃紺の髪が重く濡れそぼって頬や首筋に張り付き、白い肌の多くが赤い色に彩られ、吊られた身体の下に滴り落ちる汗が染みを作る頃には、ユアンの瞳は完全に虚ろになっていた。
 もはや自力で立っていられず、力無く揺らめいていた身体を、ユアンは吊るされたまま後ろから犯された。尻に長く入れられていた淫具はさほど大きいものではなく、ユアンの下の孔は蕩けてはいたが、そこまでやわらげられてはいなかった。それを半ば無理に押し広げられて、抉るようにフィロネルの屹立を捻じ込まれ、ユアンはかすれた悲鳴を上げた。しかしその声は、ごまかしようもないほど喜悦に上ずって湿っていた。
「あぁ、あ、あっ、あ……っひ、うあ、あぁあっ……!……」
 下半身の中で密着した粘膜同士が擦れ合い濡れた音を立てると、だらしのない喘ぎが喉をつき、ユアンはまた簡単に達した。身体がもう、そういうふうに変わってしまったようだった。下腹の中を掻き回すフィロネルのものと、前から挿し込まれたままの棒の先端とに欲望の核を挟まれ、達しているのも構わずごりごりとそこを捏ねられる。ユアンはもう意識を保てなかった。聞き苦しい悲鳴まがいの喘ぎを自らの喉が押し出すのを遠くに聞き、絶頂しながら、ユアンは二度目の失神をした。

 媚薬と共に気付け薬も含まされていた身体は、さほどもせずに意識を取り戻した。
 意識を失っていた間に、吊るされていた身体は下ろされ、ユアンは寝台に移されていた。だが解放されたわけではなく、身体の上には妖しい魔物のようなフィロネルが覆いかぶさっていた。下腹部には相変わらず熱く太いものが楔のように突き込まれており、ユアンは呻きながら拘束されたままの身体をよじらせた。
 ぜえ、と大きく息が切れた。全身ががんじがらめのように身動きできず、ユアンは思考がうまく回らないまま、なんとか自分の置かれた状況を把握した。
 不自然な体勢を強いられた身体が苦しい。腕はまた後ろ手にされ、仰向けられた背中の下敷きになっている。両脚は膝から曲げられており、腿に留められた革帯から伸びた鎖が首輪に繋がれていた。そのせいで脚を伸ばすことはできず、無惨な開脚を強いられて転がされている格好だった。
 ペニスに嵌められた妙なものは、まだそのままだった。このまま今日は、フィロネルはユアンに放出させる気がないのかもしれなかった。
 胸元の金具だけは、邪魔になるせいか外されていた。腫れ上がった乳首に鈍痛があり、全身が軋み、焼印の痕も鞭打ちの痕も、燃え上がるように痛んだ。身体を揺すられると、どんなに柔らかなシーツでも、傷を負った素肌が擦れてますますひりついた痛みを発する。だがぐずぐずに蕩かされた下半身だけは、思考が真っ白になるほど、ありえないほど気持ちが良かった。
 ユアンの中は絶えずひくつき、フィロネルの欲望に吸い付いて悦びを求め続けた。どろりと熔けて際限の無い快楽を食み続ける己の器官に、ユアンはしまいには、今自分が達しているのかいないのかすらも判別ができなくなってきた。
 傷のせいもあるのだろうか、全身が炙られるように灼熱していた。恐ろしく美しい、そして燃え上がるように凶暴で獰猛な耀きを帯びた紫色の瞳が、ユアンを見下ろし支配している。フィロネルはユアンを犯しながら、その身体中についた傷を嘗め、犬歯を立てるようにして噛み付き、傷のついていない肌には強く吸い付いて鬱血させた。苦痛でしかないはずのそれらが、しかし脳髄まで犯され熔け出してゆくように、ユアンを狂気じみた愉悦に震え上がらせた。
 拘束された己の身体を揺らし、横に傾け、うつ伏せに返し、好きに穿って貪る黄金の髪の獣に、ユアンの理性は完全に押し潰されていた。もう何がどうなっているのか、よく分からない。溺れるように呼吸をして、尽きることを知らず燃え上がる身体にふれてくる手に慄き、喉元に押し付けられる唇にのけぞった。
「ユアン」
 ひくひくと痙攣が止まない身体を仰向けにされて、呼ばれた名前にユアンはかろうじで瞬いた。それが自分の名前であることを、混濁しかかった頭でうっすらと思い出した。
 唇を熱い唇で塞がれ、熱を持ったその粘膜が、そのまま頬に、眦に、こめかみに移動してくる。火照り切った肌に繰り返される口付けの感触に、半ば朦朧としたまま、ユアンは潤んだ吐息を漏らした。
 焦点が合わないまま瞬いた藍色の瞳が、自分の頬にふれてきた掌をぼんやりと視線で追った。その虚ろな視線を上向かせるように、掌はユアンの頬を両側から挟んだ。
 固定されたユアンの視線の先に、黄金が広がっていた。その中に、紫色の虹彩が滲んで見える。輪郭がぼやけるほどの間近から、フィロネルに瞳を覗き込まれていた。
「​​​──おまえに、刃などよりも余程確実に俺の息の根を止める武器を与えてやろう」
 酔っているようでありながら低く抑えられた声音に、ユアンはぼんやりしたまま瞬いた。その唇にふれるかふれないかという距離から、フィロネルの唇が言葉の先を囁いた。
「俺の父親は、ルカディウスでも先の皇帝でもない。俺の身体には、フィンディアス皇家の血は一滴も流れていない」
 その言葉を聞いても、ユアンはしばらく、ただぼんやりしていた。うまく働いていない頭で、なんとかその言葉を咀嚼し、ゆっくりと飲み込んでゆく。
 その言葉が意識の中に落ち、波紋が広がるように浸透してゆくにつれ、ユアンは藍色の瞳を眦が裂けるほどに大きく見開いた。
「…………ばかな……なら、誰が………親だと………」
 長いこと悲鳴か喘ぎしか上げていなかった口は、あまり呂律がまわらなかった。かろうじで問いかけたユアンを、無感動に透ける紫色の瞳が見下ろした。
 その冷めた唇が、何も感じていないような静けさで、ゆっくりと答えた。
「​​​──レインスターのウェルディア王だ」

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