咲き乱れる花のように(1)

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「……っぅん……んッ……はっ……」
 明るい窓の下でレンに組み敷かれながら、いつものようにサクは抑えようもなく喘ぎ声を上げる。
 すでにかなり長いこと愛撫を受け続けている身体はすっかり熱く、心臓が早鐘を打って、呼吸も乱れきっていた。全身が汗に濡れ、そのなめらかな白い肌に光って、いっそう艶かしい。
「あいっかわらず、おまえってエロいよなぁ……」
 いやに感心したように、呼吸の定まらないサクを見下ろしながらレンが言った。
 仰向けになったサクは、頭上で手首を拘束されている。柔らかな布で軽めに拘束されているだけだが、引っ張っても簡単にほどけない程度ではある。なぜか今日はレンがそうしたいと言い出し、何のつもりだと思いつつも、さして深く考えることもなくサクも従ったのだ。
 レンは片手でサクの汗に濡れる前髪を梳きながら、もう片方の手をその股間にやっていた。勃起しきったサクのペニスを大きな掌が包み、指で刺激しながら、ことさら柔らかくゆっくりと、上下に扱く動きを繰り返している。時折悪戯するように下の蕾もなぞり、長い指を一本だけ挿し込んで奥の悦いところをかすめては、またすぐに抜いてしまう。
 しきりに生まれる漣のような快感と疼きに、サクは喉から上がる声を抑えることができない。
「……ッおまえだって、人のこと、言えないだろっ……っくぅ……」
 サクの弱いところを的確に刺激しながら、しかしレンはわざとのようにそこまでの強い刺激は与えない。サクは背や喉を反り返らせながらも、駆け上がるような快楽は与えられずに、じりじりと炭火で熱せられるようなもどかしさに小刻みに震え続けていた。
「うっ……くぁ……レン、もっとっ……」
「もっと何?」
「もっと、して……っう……こんなんじゃ、足りない」
「足りないってわりにエロいよ?」
「そっ……それは、関係ないだろっ……あっ!」
 ふいにペニスを強く握られて、サクはビクリと腰を跳ね上げた。
 だが強い刺激は一瞬のことで、また焦らすようにレンは優しい愛撫に戻る。
「くっ……なんでっ……」
 あまりのもどかしさに、サクが黒い瞳に涙を滲ませてレンを睨んだ。なまじ時折不意打ちのように強い刺激がくるから、そして長いこと焦らされ続けているせいで、少しずつ蓄積されていく快楽がじわじわと底上げされ続けている。すっかり全身が感じやすく高まって、どんどんたまらなくなるのに、一向に決定打を与えてもらえないことが、身悶えるほどもどかしい。
 そのサクの耳元にレンが口を寄せ、ふぅっと吐息を吐きかけた。たったのそれだけで、サクはビクッと震えた。
「う、あっ」
「いやぁ。なんかさ。こう、たまーに虐めたくなるんだよな。おまえって」
 その反応を見ながら、レンが含み笑いする。サクの反応を観察するようなその青い瞳には、興味深そうな色と、少しばかり意地悪な光があった。
「なんだよ、それ……」
 息を切らしながら問うサクの顔を間近から覗き込み、レンはやんちゃな子供のように目をきらめかせた。
「んー、なんだろね。元々おまえってさ、サドいくせに妙に嗜虐心煽るんだよ。こいつ追い詰めてやったらどんな顔すんのかなぁとかさ」
「っ……んなもん、いつも見てんだろっ……あっ、ふあぁっ」
 前触れなしに大きな動きでペニスを扱かれ、サクが蕩けそうな声を上げる。しかしやはりレンの手は、それ以上に大きな刺激を与えない。
 股間があまりに疼いて、サクはレンの手に押し付けるように腰をくねらせた。その動きを、レンは自分の脚をサクの脚にからめるようにして、あっさり封じてしまった。
「んー。見てっけどさ。……たまにもっと見たくなる」
 再びサクの耳元に唇を寄せて、低くレンが囁いた。その声音に、サクの背筋に強烈な劣情を帯びたものがゾクゾクッと走った。いつもは見せないレンのその少し意地悪な瞳の光と、耳朶を挑発するようにくすぐる低めの声に、確かにサクは反応していた。
「っ……おまえのが、サドじゃねーかッ……」
「んなことねーよ。おまえがエロすぎんだ」
 レンが舌を出して、ぺろりとサクの首筋の汗を舐め取った。その湿った感触とかかる吐息に、サクはひくっと首をひきつらせた。
「ぅあっ……」
 耳元に唇を寄せたまま、レンがまた囁いた。
「いきたい?」
「きっ……まって、んだろ……ッ」
 残酷なほど優しく股間に与えられ続ける愛撫に、答える声がいちいち上ずる。
「うーん。もうちょっと可愛くおねだりしてよ」
「おまえはっ……そういう、趣味なのかよッ……」
「ちょっとあるのかもね」
 クスリとレンは笑う。その面白そうな青い瞳を、サクは恨めしい気持ちで見た。
「ッは……く、いい加減に、し……あ、あぁッ!」
 ふいに強くペニスを握られ、サクは悲鳴を上げた。今度は今までより少し長く強めに扱かれ、たちまち熱が高まり始めたところを、またそこで止められてしまった。
「あっ……あ、あう、れ、レン……止めない、でっ……」
 震えながら、サクは思わず縋るような声を出した。感じすぎて、全身の震えが止まらない。それなのに熱くなりきれない。あまりのもどかしさと腰の疼きに、涙が出てくる。
「いかせてほしい?」
 もう一度レンが繰り返した。サクは何度も頷いた。
「いきた、い……いかせて……おね、がい……ッあ、あうっ」
 また少しだけ強く扱かれ、サクはレンの手に押し付けるように腰を持ち上げる。熱くて疼いて、もうおかしくなりそうだ。そのサクの汗まみれの顔を覗きこんで、レンが青い瞳を細めた。
「じゃーしてあげるからさ。でもすぐにいかないでよ? おまえのイキそうな顔見てたいから」
「ッ……!」
 思わぬことを言われて、サクは思わずレンの顔を凝視した。
「おまえ、……変態かっ……あ、あッ」
 レンの大きな掌がサクの張り詰めきったペニスを少し強めに包み、一、二度だけ扱いて、サクがたまらず喉を仰け反らせた。
「すっげえ色っぽくてそそられるんだもん。じっくり見させてよ、たまには」
「こんな……だッ……から、縛ったのかよ、今日……っく……あ、あッ、あッ! うぁッ!」
 股間にあるレンの手が本格的に動き始め、サクはたちまち喘ぐことしかできなくなった。ビクッと打たれたように激しく全身がひきつる。
 レンはそんなサクの様子を愉しそうにじっと見つめながら、その太さを、熱さを確かめるようにペニスを扱いている。時折サクの特に弱いところを刺激するが、その手は取り立てて淫らに動くでもない。むしろ無造作なほどの動きに、しかし高められるだけ高められていたサクは、駆け上がるように芯から全身が燃え上がるのを感じた。
「あっ、だ、だめッ、そん……あ、うッ、無理っ……あ、ああっ!」
 すぐに達するなと言われても、到底耐えられる気がしなかった。まるでレンの手にいいように振り回されるように、とめどなく駆け巡る快楽のことしか考えられなくなる。ひくひくと震え、何度も背を反り返し、なんとか耐えようとはするが、ほんのちょっとしたはずみで痺れるような熱と凶悪なまでの疼きに押し流されそうになる。
 だがなんとか必死で踏みとどまり、サクは全身をひきつらせるように強張らせながら、何度も息を詰めては吐き出して、震えながら堪えた。
「すっげ……」
 汗まみれになって悶えているサクに、レンが明らかにその青い瞳に熱い欲望を滾らせながら息を飲んだ。じっと見つめられているのは分かるが、サクはもう罵る余裕もなかった。
「あッ、あッ! あ、も、だめ、むりッ……ああ、あッ!!」
 喉をひきつらせて叫んだとき、ふいにペニスからレンの手が離れた。と思うと上半身にのしかかるようにレンの熱い身体がかぶさり、噛み付くように唇を唇でふさがれた。
「んッ……ん、う、んっ!」
 高まるだけ高まった身体が絶頂寸前で刺激を中断され、しかしのしかかってくるレンの身体の熱さと重さだけで、サクは瞬間にあやうく達しそうになった。またぎりぎりでなんとか踏みとどまったが、激しく唇と舌を貪られて、一瞬でさらわれてしまいそうな燃えるような快感が押し寄せてくる。
 何がなんだか分からなくなったところに、レンがサクの腰をぐいと持ち上げた。延々と与えられるもどかしい快楽にひくつきながら震えていた窄まりに、いきなりレンが屹立しきった己自身をあてがった。
「あああぁッ……!!」
 灼熱する欲望をいきなり腰の奥に押し込まれ、下半身から全身を駆け抜けた凄まじい熱さと衝撃に、打ち砕かれるようにサクは達してしまった。
 全身をひきつらせて痙攣するサクに構わず、レンは一息もおかずに大きく動き始めた。互いのペニスからあふれ出し、伝っていた先走りが充分なぬめりとなって、サクの中に激しく抽挿が開始される。ぐちゃぐちゃと火傷しそうに熱い昂ぶりが下腹をかき回し、ひどく昂ぶって痺れるような悦びの核を繰り返し突き上げられ、サクは悲鳴を上げる。
 レンの激しさに、目が回って何も考えられなくなる。その容赦ない動きに、達したばかりなのに強引に高みに引き上げられ、抑えようもなくサクはまた腰の奥で達してしまった。
 しかしレンは少しも動きを緩めようとはせず、むしろそんなサクを見て唇を嘗め、その鎖骨や首筋に痕が残るほど噛みついた。焦らされたあげくに強く達して下半身がどろどろに熔けてしまったサクは、そうして突かれるままに幾度も続けて絶頂した。
 もう自分が何を口走っているのかも分からない狂熱にさんざん翻弄され、意識が遠くなりかけたとき、サクは骨が折れるのではないかと思うほど強く抱き締められた。
 レンの身体が震え、サクの中にある滾りきったものがひときわ太さと硬さを増し、弾けたのが分かった。その感覚にサクはまた腰の奥を痙攣させ、かすれ切った悲鳴を上げた。抱き締められながら全身が仰け反って、ひくひくと震えた。
 重なったそのまま身動きもできず、互いに声も出ない中で荒い呼吸を繰り返し、震えていた身体からやがてぐったりと力が抜けた。
 身体の上にレンのまだ熱い体重を感じたまま、サクがようやく呻いた。
「…………殺す気か……」
「……っおまえが、そんなんだから、抑えがきかなくなっちまったじゃねーか……」
 笑いを含みながらもどこか悔しげに、サクを抱き締めたままでレンが言った。何度もサクの額やこめかみ、頬に口付けを繰り返す。
「こっちの身にもなれってんだ、馬鹿……手、ほどけよ」
 やっとなんとか呼吸がおさまってきたサクが言うと、レンが億劫そうにサクの上から身体を起こし、その手首から拘束していた布をほどいた。
 やっと自由になった、すっかりだるくなっている両腕をサクは持ち上げ、自分の上にいるレンのまだ熱い身体を抱き締めた。抱かれている間中、もうずっと抱き締めたくて仕方がなかったその身体を。
「……もう縛るとかやめろよ」
 言うと、レンが明らかに残念そうな顔をした。
「えー……駄目なの?」
「縛りたいの?」
「時々……」
「変態か」
「でもさ」
 レンがごろりと横になり、サクを抱き寄せて唇にキスすると笑った。悪びれもせず。
「おまえも案外嫌いじゃないだろ?」
「……馬鹿ッ」
 サクは思わず耳朶まで赤くなったのを自覚し、それに気付かれないように慌ててレンの胸板に顔を伏せた。


 寒さはすっかりやわらぎ、陽射しは日によっては既に暑いときもあるとはいえ、素肌に浴びるには水そのままのシャワーはまだ冷たい。とくに今日は薄曇りで空気もひんやりしていたから尚更だった。
 だが贅沢は言っていられず、サクは手早く身体を洗い流してシャワールームを出た。濡れたままでいたら風邪をひきかねないので、しっかり拭いてから服を着た。
「さっむ……」
 思わず震えると、レンが近付いてきて後ろから抱き締めてきた。先にシャワーを浴びていたレンはだいぶ体温が戻っており、サクは思わずほっとした。代謝が良いらしいレンは、体温も子供のように高い。
「うーん。まだ風呂沸かす?」
 レンが考えるように言った。お湯など出ないところも多い廃都では、住人はそれぞれに工夫して寒い間の入浴を凌いでいる。公共の入浴場もあるにはあるが、そういったところは主目的が入浴よりも「手頃な遊び相手を見付ける」であったりすることも多々だから、気軽に足は運びにくい。
 この家でもお湯は出なかったから、レンは少し前までは適当に燃料を仕入れてきて、いわゆるドラム缶風呂を沸かしていた。
「いいよ、別に。慣れる」
 風呂を沸かすのもけっこう手間であることが見ていて分かっていたサクは、軽く笑って首を振った。レンの腕のぬくもりにしばし心を緩めてから、そこから抜け出した。
 髪を拭いていると、外へと続く玄関のドアがノックされる音が響いた。
 レンが応対に出るのを見るともなしに見ていたサクは、そこで展開された光景に目を瞬いた。
 訪れたのは、見覚えがあるようなないような、年頃の少女がひとり。やたらと交友関係の広いレンのまわりにいる人間の顔など、いちいち覚えてもいられなかったが、どこかで見た覚えはある気がする。その少女が、レンに一言二言何か囁いたかと思うと、いきなりその首に抱きついてキスをした。
 向こうが声をひそめているせいか、何を言っているのかまでは分からなかった。思わず見つめている前で、レンはそれを拒むでもなく、むしろ少女の細い身体に腕を回して、そのキスを受け入れた。
 たっぷり時間をかけてキスしたあと、少女がやっと身を離した。
「じゃーね」
 それだけ言って、少女は室内にいるサクにちらりとだけ目をやり、去っていった。
「またなー」
 それに軽く手を振ってドアを閉め、部屋を振り返ったところで、レンはギクリと露骨にひきつった。
「あっ……と。えーと」
「…………」
 それを冷たく見返しながら、サクはレンに歩み寄り、手にしていたタオルを軽く投げつけるように放った。それを反射的のように受け取ったレンが口を開こうとする前に、サクは口を切った。
「別にいいよ。おまえのそれはもう病気だし」
「病気って」
 その言い方にレンが不満そうな顔をしたが、サクは無視して続けた。
「部屋に連れ込むなとは言ったけど、それ以外についてまでどうこう言う気は基本的にない。好きにすればいい」
「……怒ってない?」
「怒ってない」
「本当に?」
「しつこい」
 サクはレンの横を素通りして、ドアに歩き出した。シャワーを浴びて裸足になったままだったので、洗って玄関の横に置いてあったスニーカーをつっかける。
 どうしたものかという顔をしているレンを振り返って、言い捨てた。
「でもな。俺の前でやるな。おまえが馬鹿なのは知ってるけど、少しは考えろ。馬鹿!!」
 バン、と乱暴にドアを閉めて、サクは部屋を出て行った。

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