咲き乱れる花のように(2)

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 勢いのままにレンの部屋を出て、サクは灰色の廃都の街並みの中を、苛々と歩いていた。
 今さらレンのあの身持ちの悪さというか、来るもの拒まずなところに口を挟む気はない。自分と出会う前からレンはそうだったのだし、それがレンにとって心地良いことであるのも分かっている。
 そもそもサク自身にしても、今でこそレンにしかふれさせていないが、それ以前は寄って来る者がいれば、気が向いて嫌いなタイプでさえなければ誰彼構わず受け入れていた。
 アリサというとんでもない変態女のところで、男娼というより他にない扱いをされ続け、この廃都という街の壊れた常識を骨身にまで染み込まされた。今さら貞操観念など持ち合わせているわけがない。
 歩いているうちに、このあたりに住む者達が物品や情報のやり取りなどに集まる区域に入っていた。
 廃都の人口分布は偏っている上に、人目を忍ぶように生活している者も多く、特に日中は歩いていてもあまり他人に出くわすことがない。だが人間がいてそれなりの社会が構築されているからには、こうして流通が集まる場所、コミュニケーションを取れる場所というのは各地に点在していた。
 現れたサクに、周囲がさざめいたのが空気で分かった。
 今から半年以上前に、カズヤというある区域の若者達のリーダー格だった人間を殺してから、サクは一気に名を知られるようになった。金と暴力が正義であるこの街で、一定の力を持つ者を制するというのは、それ自体が大きなステータスとなる。それを意図したわけではないが、名が知られ扱いが変わったことで、廃都という場所で過ごしやすくなったのは確かだった。
 そして自分の雰囲気が、外見が、そこにいるだけで強烈な色香を振りまいてどれほど他者を妖しく魅了するのかを、サクは熟知していた。アリサに連日連夜、限界まで淫蕩に責められ続けた日々が、否応なしにサクをそういった生き物に変質させた。
 女達は、中にはひどく陶酔したようにサクを遠目に見つめる者もいるが、サクの中の魔性を恐れるのか、まず近付いてこない。火に吸い寄せられるように近付いてくるのはたいてい男だ。
 アリサの趣味でさんざん男にも慰み者にされてきたサクは、今さら相手の性別にもこだわらない。こだわる点があるとすれば、好みであるかないか、その相手と寝ることでメリットがあるかないか、ということだけだった。
 あてもなく歩いていたら、あっという間に声をかけられた。見たこともない顔だが、嫌いな雰囲気ではなかった。
 肩を抱かれて、さり気無く路の端に連れて行かれる。相手の囁くことに適当に相槌を打ち、途中でそれも面倒になったので、こちらからキスしてやった。それだけで、相手の目つきが強烈な欲望を隠さないもの変わった。
 キスされながら、ちょろいもんだ、と思った。
 ちょっと抱かれて可愛がられるだけで、簡単に金やその日の寝場所や食べ物が手に入る。廃都を訪れたばかりの頃は、それだけのことが途方に暮れるほど困難だった。決して好き好んでいるわけではないが、こうすることが自分にとっていちばん確実で手っ取り早く糧を得られる方法である以上、それを利用しない手はなかった。
 いくらなんでもアリサにされたような扱いをされることはないだろうし、しそうな相手なら逃げればいい。そのために、拳銃はいつでも抜けるようにしてある。あの頃と違って、言い寄ってくる相手には事欠かない今の自分なら、こちらから選び放題でもあった。
 男が耳に甘いことを囁きながら、首筋に口付けてくる。その感触がくすぐったくて、クスクスとサクは笑った。ぺろりと舐められて、少しだけぞくりとした感触が走った。この人でいいや、と思った。
 思ったはずが、しかしそこで不意に身体が動かなくなった。
 あれ、と思ったが、やはりぎこちなくしか手脚が動かない。ぴったりと身を寄せていただけに、男もすぐにそれを察したようだ。
 具合でも悪いのか、と訊ねられ、サクは曖昧に首を傾げた。男は思い切り楽しめない相手と事に及ぶのも好みではないらしく、またサクの「悪趣味な噂」も聞き及んでいるのだろう、気乗りがしない様子であるのを無理強いして噛みつかれてはたまらないと判断したようだ。残念そうではあったが、男はすんなりとサクのそばから離れていった。
 それを見送りながら、サクはまた首を傾げた。
 こんなことは初めてだった。自分でも何故かは分からなかったが、男に口付けられた首筋を無意識のうちに手でこすりながら、まあいいか、と再び歩き始めた。
 そうして歩くうちに、怒りに任せていた頭が冷えて、次第に冷静になっていた。
 レンのあれは、既に病気の域だ、とかなり本気でサクは思っている。しかし一緒に暮らすようになってからも、それを責める気にはなれずにいた。
 聞けばレンは、あのいかにも脳天気な様子からは意外なほど、かなり重い過去を持っていた。この廃都にいる時点でろくな過去など持っていないだろうとは思っていたが、親に愛されず捨てられるように軍隊に放り込まれ、そこが嫌でたった一人で海を越えて逃げ出して、この国にやってきたという。いつもからりと笑っているが、きっと何度も一人きりで声を殺しながら泣いて、言葉にもできないようなつらい思いを積み重ねてもきたのだろう。
 持ち前の気質もあるのだろうが、その経験が反動のように拍車をかけ、振り切るようにレンをいっそう奔放に享楽的にしているのだろう、と思う。
 レンにとっては、誰かと身体を重ねるだけであれば、さして「特別なこと」ではない。それこそごく当たり前の日常風景のひとつ、人生を謳歌するに当たっての娯楽のひとつにすぎない。
 その刹那的な享楽に走るレンの衝動が、サクにも分かってしまう。そういったことで埋めずにはいられない、死にたくなるほどつらい思いなら、それこそサクもはいて捨てるほどしているから。
 それにレンを本気で責める気になれない理由は、もう一つあった。レンは感情をまったく偽らず隠さないから、そんなあけすけなレンと毎日のように熱と快楽を分け合っていれば、理屈ではなく分かる。自分と抱き合うことだけは、レンにとって「特別なこと」に変化している。
 以前から子供のようにたわいもなく、レンはサクを好きだと言う。だが最近口にするそれは、以前より響きが深く、甘く、そしてずっと熱を帯びるようになっていた。一緒に暮らすようになってから、青空のような瞳が、以前にはなかった媚薬のような深みと熱をもってサクを捉えるようになっている。それに響き合うように、サクもそれ以前よりいっそうレンの愛撫に震え、自分でも恐ろしくなるほど反応するようになってしまった。
 レンの中では「身体を重ねる」だけであれば日常的な娯楽でも、けれどサクと「それ以外」とは明確は区別されていて、サクとの行為だけは「遊び」ではないというのなら。あまりにも生きてきた環境と常識が違いすぎて「悪いことをしている」意識をなかなか持てないのだとしたら、サクにはそんなレンを、頭ごなしに責めることができない。レンもまた、自分とは異なる形であるにせよ不幸な子供だったことを思うと、感情としてはせめぎ合うものがあっても、そんなレンを許してしまう。 
 何よりサクは、レンを束縛したくなかった。それはきっと、自分ががんじがらめだからだ。周りにあるものに、自分自身に、身動きもできないほど、息も詰まるほど囚われているから。いずれきっと自分はそれに攫われると感じているから、だからレンには自由でいてほしいのだ。
 それに、そんな馬鹿のように自由なレンが心から好きだと思うのも本音だったし、そんな何にも囚われないレンに最も求められているという自覚は心地よかった。だからレンがどんなに馬鹿なことを言おうと、普段であれば笑って聞き流していられた。
 どれほどそうして迷路のような路地をうろうろしていたのか、そのときふいに後ろの方から駆けて来る足音がした。
「サク」
 ひどく息を切らした声に呼びかけられて、サクは振り返った。
 肩で息をしたレンが、サクの顔を見るなり、安心したようによろけてがくりと両膝に手をついた。
「よかった……」
 どれほど走り通しだったのか、なんとか呼吸を整えようとするその様子は相当苦しそうだった。
「何」
 歩み寄らないままで返すと、レンはやっとのように顔を上げた。ざっくり後ろで結ばれた、背の中ほどもある長い金髪が、よほど走り続けていたのか普段よりいっそうばらけていた。
「その。ごめん」
 その距離を詰めようとはせず、レンは言った。黙って見返していると、レンはサクの黒い瞳に戸惑ったように、視線を泳がせた。
「その……俺、無神経で。人目とか気にしたことねーし。考えたことなかったし」
「馬鹿で無神経とか最悪だな」
 我ながら冷えた声で言うと、レンがうっと声に詰まった。
「……悪かったよ。なんか、駄目なんだよ。来られると何にも考えないで、まあいいやってなっちまって。その……だって、嫌いじゃないから」
 この状況で何を言い出すのかと呆れた気分で眺めていると、レンはなんとか言葉を自分の中から探そうと懸命になっているように、つっかえつっかえ続けた。
「だってさ。俺のことみんな好きだからしてくるわけじゃん。それが嬉しいからさ。好きだって思ってもらえて、嫌なわけないじゃん。だから」
「好きにすればいいって言ったろ」
 遮るようにサクは言った。レンがむきになったように、サクに目を戻した。
「でもおまえは嫌なんだろ? 俺のそういうの。おまえが嫌ならもうやめる」
 やけに懸命な様子で言うのを、サクはしばらく黙って見つめ、やがて肩を落として溜め息をついた。
「そうじゃない。言ったろ。部屋の外でおまえが誰と何してようと、よっぽど限度を超えない限り、基本的にどうこう言う気はない。仕事だってあるんだし、おまえにはおまえの都合があるだろ」
「けどさ」
「レン」
 サクは呆れた声になるのを止められなかった。
「おまえは、おまえのやりたいようにすればいいんだよ」
 レンが視線をうつむけて、唇を噛んだ。いい歳をして何を子供みたいに泣きそうな顔をしているんだ、と思った。
 サクはレンに歩み寄って、その自分より上にある顔を見上げた。子供のように素直で翳りのない、かなりサク好みに整ってもいるその顔立ちを。
「何? 何を言わせたいの? 俺はそういうおまえでいいって言ってるんだよ。馬鹿で無神経でどうしようもないけどさ。ならおまえは、そのままでいればいいんだ」
 レンは青い瞳を、どう答えたらいいのかと分からないようにサクの上に投げかけている。
 こいつほど分かりやすい奴はいない、とつくづくサクは思う。そしてやはり、その素直さが心地良い。
 だいたいあの部屋からここまで、どうやって辿り着いたのか。かなりの距離もあるし、路地も入り組んでいる。自分がここに来たのか自体も分からなかったはずだ。あたりの人間に聞きながらにしろ、めくらめっぽう駆けずり回って捜し続けていたのだろう。見つかるあてもないのに。
 本当に馬鹿だ。
 サクはレンの長い綺麗な金髪に手を伸ばした。ぐいと掴んで引き寄せると、レンが痛そうな顔をした。
 強引にそばに寄せたその唇に、サクは口づけた。驚いたようにレンが青空のような瞳を丸くした。
「馬鹿すぎるんだ、おまえは」
 サクは今度は声に出して言った。レンが無防備に傷ついた表情をした。
「馬鹿馬鹿って……そんな何度も言うなよ」
「馬鹿に馬鹿って言って何が悪い」
 容赦なく返すと、ますますレンが叱られた子供そのままの顔になる。
 サクはその胸板を押して、突き飛ばすようにした。レンがよろめいて、広くもない路地の壁際に追いやられる。そこにあった腰丈ほどの高さの古びた木の箱にぶつかり、レンは顔をしかめた。
 サクは歩み寄ってその胸元を両手で掴み、引き寄せて再び口づけた。そのまま驚いたようなレンに構わず、首筋に唇を辿らせる。
「え、ちょっとまっ……」
「動くな」
 低い声で言うと、レンは困ったように、だが素直に従った。
 サクはレンのとくに弱い首筋に口付けを繰り返しながら、追い詰められたように立ち尽くしているそのシャツの裾から手を潜り込ませる。ビクッとレンが身体を震わせる。サクの唇が吐息を吐きかけながら首筋をなぞり、指先が素肌の上半身を這う感触に、レンはぎゅっと目を瞑って身を強張らせた。
「ちょ……ま、まずいって。何す……んっ」
 ぺろりと首筋を舐められて、たまらずレンが身を竦めた。それをサクは、強く艶を帯び始めた黒い瞳で見上げた。
「声出したら人来るよ。見られたい?」
「サク、まじで……ちょっと、かんべん」
 意思に逆らって熱を帯び始めた眼差しで、レンがそれを見返す。戸惑いと困惑がそこにはあった。
 そのシャツの胸元を引いて、サクはまた唇にキスをした。
「うるさい」
 それだけ言って、レンの前に跪く。
「お、おいっ」
 サクは慌てたような声を上げるレンに構わずそのベルトを緩め、そこからまださほど硬くなっていないレンのものを引き出すと、いきなり口づけた。
「う、あっ……」
 ビクリとレンが震えた。が、慌てたようにその声を飲み込んだ。
 サクは構わず、引き出したレンのペニスに、唇を湿らせないままの軽いキスを繰り返した。そのすべてをなぞるように、手の中にそっと包んだまま、根元から先端まで口付けを降りそそがせる。
 たちまちそこが熱を持ち、硬くなって完全に勃ち上がり始めた。レンが声を殺すように喉を反らし、思わずのように腰の後ろにある木の箱によろけてもたれた。
「く……ちょっと、まずい、って……」
 レンの訴えを無視して、サクはちろりと唇から舌を這い出させた。早くもぬめりを帯び始めているレンの先端に赤いそれを這わせると、またビクッとレンの腰が震えた。
「サ、サク、まじで、やめ、ッ……」
 ちろちろとサクの舌がレンの陰茎をなぞって動き始める。優しくなぞっていたかと思うと、ふいに唇で強く吸い付く。そして湿った舌を、その熱い滾りに唾液をからませながら、丹念に伝わせる。
 レンはもう何を言ってもサクが止める気がないのを察したのか、身を硬くして上がりそうになる声を飲み込み始めた。膝が震え、両手を木箱について、その長身が木箱にますますもたれかかるようになる。途切れがちにその喉から声がこぼれるが、そのたびに強くぐっと息を飲む。もう目も開けていられないように、レンは目許をしかめて瞼をきつく下ろしていた。
 それらの感触と気配を確かめながら、サクは丹念に、時間をかけてレンのペニスに愛撫を施していった。白い指で感触を確かめるようにしながら、何度も何度もそこに口付ける。
 サクの黒い瞳が、熱と潤みを帯びた強烈に淫蕩な眼差しでレンを見つめ、頃合いを見て滾り切ったペニスを大きく口に含んだ。
「っ……!」
 レンが喉をひきつらせると、長い金髪が揺れて流れた。乱れがちの呼吸に、シャツの下の胸板が上下する。
 それらのレンの反応をつぶさに見ながら、サクは自分を抱くレンの腕を思い出す。
 レンは時々おかしなことをするけれど、ほとんどはサクをこの上なく甘く、そしてサク好みに抱いてくれる。年がら年中乱暴な扱いをされたら冷めもするが、たまになら激しく抱かれるのも悪くない。身体はつらいが、それほど求められているのだと実感できるから。
 サクはレンの熱いペニスを根元までくわえ込み、唇と喉の奥を使って締め付けた。喉を刺激されてどうしても若干の吐き気を伴ったが、それを抑えながら何度も刺激を繰り返す。唾液と先走りとで全体をたっぷりとぬめらせ、舌を這わせてじゅるじゅると音を立てながら、唇で強く締め付けて出し入れする。
 レンのものがどんどん張り詰め、呼吸が乱れていくのが分かった。無意識のように、その手がサクの頭にふれた。
 その手に抑えているのだろうと分かる優しさで力が加わり、しかしやがて、どうにも止まらなくなったようにさらに力が加えられた。
 レンのペニスを咥え込んだままサクは頭を揺すられ、それに合わせてレンが好む位置を丹念に刺激し続けた。さほどもおかず、レンが限界を迎えた。
 いっそうサクの頭を押さえ込む力が増し、喉の奥まで太く熱い滾りを突き込まれて、サクは思わず顔をしかめた。口の中で、レンのペニスが硬さを増してはじけるのを感じた。喉を何度も動かして、吐き出されたそれを残らず嚥下する。
 なんとかすべて飲み込み、ようやく唇を離すと、サクの呼吸も少し乱れていた。
 欲望を吐き出して柔らかくなったレンのペニスをもう一度そっと舌でなぞり、綺麗に拭ってから、サクは立ち上がった。ずっと跪いていたせいか、膝が少しよろけた。
「レン」
 脱力したように木箱にもたれているレンに、サクは腕を伸ばして身を寄せた。
 まだ目を開けられないでいる様子の汗ばんだ頬に、両の掌を添える。
「……レン」
 もう一度、そっとサクは呼びかけた。
 レンは自分の名前が好きではないようだったが、レン、というその響きが、名前が、サクは好きだった。極楽浄土や清らかさや神聖さを意味する「蓮」と書くという名前は、レンに妙に似合っているとも思っていた。
 サクの甘い響きの声に、レンがやっと目を開いた。たまらないように潤んで切ないような熱を帯びたその青い瞳を見つめながら、サクは囁いた。
「おまえはそのままでいればいい。俺は、おまえを束縛したくて一緒にいるんじゃない」
 レンのすべてが、馬鹿なところもそうでないところも、矛盾を含んで少し苦しい思いもすべてを飲み込むほど愛しいから。そんなことを口には出せなかったが、そのかわりに、サクはレンの額に優しくキスをした。
「サク……」
 レンの腕が動いて、サクの身体を抱き締めた。力一杯、身動きを奪うように。
 サクの肩に顔を埋めるようにして、レンが言った。
「……今すぐここでやりたくて仕方ねぇんだから刺激すんな」
 ぎょっとして、サクは顔の見えないレンを見返した。思わず耳まで赤くなった。
「おまっ……抜いてやったばっかだろ。ほんっっとにそれしか頭にねーな」
 呆れて言うと、さらにレンの腕に力が加わった。痛みを感じて、サクは顔を少し歪める。
 意外なほど強い声が、レンから吐き出された。
「ああそうだよ、どうせこれしかアタマねーよ俺! しょうがねえだろ、おまえがいるとこうなっちまうんだよっ」
「……俺が悪いみたいな言い方するなよ」
「おまえのせいだよっ! おまえが目の前にいるとおかしくなっちまうんだよ、俺。ブレーキきかなくなっちまうんだよ!」
 続けられたその言葉に、サクは思わずレンをまた見返す。だが顔を見られることを拒むように、レンはサクを抱き締めたままだった。
「……逆らえねーんだよ」
 少しばかり悔しそうに聞こえるレンの声だった。
「うん」
 答えてサクは身じろぎし、レンの腕を緩めさせた。
 その頬に掌を添えて、レンを真っ直ぐに見つめながら、サクはうっとりしたような蠱惑するような微笑を浮かべた。
「逆らわせない」
 レンが青い瞳を思わずのように見開く。サクはその唇にキスをして、言った。
「……ほんと馬鹿だな、おまえは」
「また馬鹿って言った」
 膨れたように呟くレンに、サクはくすくすと笑った。そして、レンの身体を抱き締めた。
「でも嫌いじゃない」

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