朔の章 第二のパンドラ(3)

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 車は雨に濡れた道を走り続け、どこか大きなビルの地下にある駐車場に入った。
 走る間サクはぐったりと声もなくシートに凭れ、いけないと思いつつも、いつしかうつらうつらしていた。
 その間アリサは何も声をかけるでもなく、構うでもなかった。その様子に、サクは自分はまだこの女の興味を多少引いた程度で、まだ確実に飼われると決まったわけではないことを、あらためて自覚した。
 正直を言えば、もう逃げ出してしまいたかった。人ひとりを投げ捨て、いきなりあんなふうにサクを扱った相手が、サクに対して慈悲を持って接するわけがない。きっといいように、玩具のように扱われる。
 あの捨てられた少年の姿を考えると、身体を傷つけられることもあるのかもしれない。それを考えると悪寒しか生まれなかった。
 だがこの女に気に入られ、庇護される以外に、今のサクには今後を生き延びる方法が見つからなかった。
 それに、この女に取り入ることさえできれば、見返りはあまりに大きい。自分には金も力もない。そしてこの廃都という場所は、外の常識も通じない。
 無慈悲な暴力と欲望が支配する場所であり、身ひとつ以外に何も持たないなら、そこで生きるためには、欲望に猛る相手に身体を売ることが最も手っ取り早かった。それで充分な衣食住を見返りに得られるなら、なんでもする。嫌だと悲鳴を上げる心は、何も感じないほどの奥に押し込んだ。
 自分は死ねなかったのだから。そして死にたくないのだから。だから、地べたを這いずってでも生きるしかない。


 そのビルは、外観はともあれ内部の居住部分は完全に整えられていた。
 エレベーターまで稼動していたことに、サクは驚いた。カズヤの家に蛍光灯や電化製品があったのだから、電力もどこからか供給はされているのだと分かってはいたが、大掛かりなメンテナンスも必要だろうものまで稼動している場所があるとは思わなかった。
 ピンヒールで先を歩くアリサに、黙ってサクは着いてゆく。
 進んでいくうちに、他の人間を見かけた。サクと同世代くらいと思う少年達から、もう少し上の世代の男達。いずれも見栄えが良い。彼らはそれぞれこの場所で、何かの役目や仕事を与えられているらしい。そしてアリサを見るとうやうやしく挨拶をする。
 飼われているのか、と思った。自分もあの女に気に入られれば、彼らの仲間になるのだろうか。ぞっとした。
 嫌悪感を噛み殺して歩くそこに、彼らからのぶしつけな視線がまとわりついた。彼らの方でもきっと思っているのだろう。アリサが野良犬を拾ってきた、と。
 アリサは最も奥まった一室にサクを連れて行った。そこはいくつかの部屋が繋がり、まるで高級ホテルのロイヤルスイートという趣だった。
 ふわりと鼻先を甘い香りがくすぐった。大きな花瓶に、こぼれんばかりに生花までが生けられている。
 ここが廃都であることがにわかには信じ難い光景だったが、大きな窓から見下ろせる風景は、やはり灰色に打ち沈んだ、茫漠たる廃墟と化した街並みだった。
 奥の大きなバスルームにサクは放り込まれた。二人の男がやってきて、アリサの命令なのだろう、サクの全身の汚れをきれいに洗い流した。
 もう恥ずかしいだのといっている段階ではなかったが、直腸の中まで清められたのにはさすがに動揺した。全身が羞恥で真っ赤に染まり、そしてこれから自分が何をされるのかが漠然と分かってしまって、やはりと思いながらも憂鬱になった。
 バスローブを与えられたことには、なんとなくほっとした。男達は仕事がすむとすぐに出て行き、サクはひとり、やたらと豪華な脱衣室に残された。
 取り付けられた大きな鏡の中に、白いバスローブに包まれた自分が映っている。
 そういえば、廃都に入ってから初めて鏡を見た。そこにいる自分は、たった数日のうちに頬がこけ、随分目許がすさんで見えた。
 自分の姿を見ていても、嫌悪感しかわいてこなかった。目をそらして、サクはひとつ大きな溜め息をつき、脱衣室を出た。
 アリサは奥の、これもやたらと大きく華美なベッドルームにいた。
 何かやけに甘い香りがする。こんな豪華な天蓋つきのベッドが実用品として置かれている光景なんて、初めて見た。五人は横になれるのではないかと思うほど大きなそこで、アリサはふかふかの羽毛のクッションに埋もれるようにして、半ば横たわるようにサクを見ていた。
 彼女も別の場所でシャワーを浴びてきた後なのか、やはりバスローブ姿だ。そしてその前面ははだけられて、細い首筋から、まろやかな曲線を描く豊かな胸のふくらみが、その頂が見えそうで見えない位置までのぞいている。抑えられた照明が、明るい場所で見るよりいっそう官能的に、その白い肢体を浮かび上がらせている。
 下腹部から伸びる、やけに劣情を煽る角度でしどけなく開かれた両脚に、サクは思わずごくりと喉が鳴り、自分の男性が反応するのを感じた。
「さあ。どうしてくれるのかしら?」
 立ち尽くしていたサクに、アリサは妖しく微笑んだ。
「私を楽しませてちょうだい。それができないなら用無しよ、ワンちゃん」
 てっきり何かをされるものと思っていたサクは、少々拍子抜けした。
 だが、それはそれでどうしたものかと思う。抱いて悦ばせろということだろうか。セックスの経験自体はあっても、まだそれほど経験が豊かなわけではなかった。
 女性の身体の仕組みも、漠然とした知識だけであまりよく分からない。悦ばせる、という目的のために抱いたこともない。
 サクの経験したことのあるそれは、互いが互いの気持ちを稚拙な動きで確かめ合う、幼く純粋で、拙くも胸の満たされる行為だった。この廃都に来てから自分を見舞っている、まさに身体だけの暴力的な快楽とは、あまりにも質が違っていた。
 だが、やれと言われるならやるしかないだろう。しり込みする気持ちを飲み込んで、サクは覚悟を決めた。

 サクは自分もバスローブの帯をほどいて前をはだけながら、天蓋つきの大きなベッドに歩み寄り、上がった。
 どうすればいいのだろう、とは思ったが、そこにそうして横たわるアリサの姿を見ていたら、胸と身体の奥をあやしく掻き乱されるような熱い情欲が湧き上がってくるのを止められなかった。
 そのいかにもなめらかでやわらかな素肌とそこに落ちる陰影に、ごくり、とまた喉が鳴る。正常な若い肉体に宿る性欲は、あまりに本能に忠実だった。
 バスローブを脱ぎ捨て、いくつものクッションにもたれているアリサの上に、あまり体重をかけないようにして身を乗せる。
 その細い顎に手をかけてそっと上向かせ、ぺろりとその唇を舌先で舐めて、それから自らの唇を重ねた。唇を唇で辿るようにしてから、やわらかなそこを舌先で開かせる。きれいに並んだ歯と、歯茎を舌でそろりとなぞり、アリサの舌に舌をからめていく。
 アリサのそれは妙に甘い味がした。そうしながら、もう片方の手をアリサの首筋にもぐりこませ、長い髪を梳くようにして撫ぜる。
 始めは遠慮がちだったサクの動きだが、アリサの柔らかく熱い身体にふれているうちに、次第に抑えがきかなくなってきた。
「んっ……」
 最初はごく優しい口付けだったものが、だんだん貪るそれに変わってゆく。アリサの口腔深くに舌を差し入れ、その粘膜を舌先で舐め上げて唾液を啜り上げ、逃げようとする舌に強引に舌をからめて強く音を立てて吸う。
 そうしながら、手はアリサの身体からバスローブを剥ぎ取り、うなじから背中を這い、そして脇腹から豊かな乳房のふくらみに触れる。
 アリサの身体は、なにか酒のような陶酔感と酩酊感をもたらした。酔わされるような衝動のままに、アリサの次第に汗ばみ始めた首筋に唾液をなすりつけるように舌を這わせ、噛み付くように口付ける。クスクスとアリサの笑う声がする。
 次第に下半身が熱くなり、止まらなくなる自分を自覚する。乳房にふれてみたら驚くほどやわらかくて、一瞬指をひいてしまったが、すぐに再び手を伸ばした。
 頭の芯を炙り始めた熱にあやうく呑まれてしまいそうになりながら、サクは懸命に思考を働かせた。
 この女は、どうされるのが好みなのだろう。どうせサクの未熟な技術では、こんないかにも慣れた変態女を完全に満足させることは難しい。それはアリサにも分かっているはずだ。
 それでもある程度は満足させなければ、価値なしと見なされて放り出されるだろう。
 驚くほど白く豊かで、そしてすくいあげるとこぼれそうになるほどやわらかなアリサの乳房に、あえてその頂には触れずに舌を這わせる。指先でそのふくらみをまさぐり、強弱をつけて、アリサの反応を窺いながら揉む。
 もう片方の乳房も同じように愛撫し、そして乳輪の縁に沿わせるようにそっと指先を辿らせた。そして空いた方の手で、アリサの背筋や脇腹、腰骨のあたりを撫でまわし、時には指先だけを伝わせてくすぐるようにした。
 アリサはまた笑ったが、その声は確かに情欲を帯びて、先ほどより低く湿っていた。
 さんざん焦らすように乳房と乳輪を嬲った後、やっとその中心にある乳首に舌先をちろりと這わせた。もう片方の乳房は、指先ですっかり硬く尖った乳首をこすってやる。アリサが震え、軽く喉を反らせて甘い声を洩らした。
 その声に、ぞくっとサクの背筋が粟立った。
 アリサの声と肌の甘さに、たまらなく下半身が熱を帯びて、その中心に血が集まってゆく。思わず腰を動かして、アリサの下腹にこすりつけた。アリサの呼吸も乱れ始めていたが、それ以上にサクの呼吸も乱れ始めていた。
 アリサは確かに感じているようで、時折たまらないように身をくねらせた。官能の波に押し流されてしまいそうになりながらも、サクは必死だった。指先の動きひとつ、舌の動きひとつにまで全神経を使って、どうすればアリサは感じるのか、どこにふれると特に反応するのかを探ってゆく。
 室内はエアコンが効いて涼しいほどなのに、気が付けばサクは汗びっしょりになっていた。神経を集中させることで、かろうじで射精してしまいたいほどの高ぶりを抑制した。
 自分が動くたびに、すっかり勃起しきったものが揺れて、ぬめった先走りを滴らせながら、自らの下腹や、すぐ下に横たわるアリサの身体を叩いた。そのごく軽い衝撃ですら痺れそうにサクを刺激し、歯を食いしばってそれに堪えた。
 何も考えずに乳房を鷲掴みにして、その腰を抱え込み突き入れてしまいたい衝動にかられながら、それを抑えてアリサの身体を愛撫し続けた。
 やがてアリサの背や腹を撫でていた手を、そろそろと肌を伝わせてその下腹部に移動させた。
 アリサは待ちかねていたように、自ら脚を開いた。熱を帯びたそこに、サクは指を這わせた。そこは驚くほどぬるりと濡れていた。
 アリサの乳房と乳首を舌と唇と指を使って絶え間なく刺激しながら、下腹に這わせた指もまさぐるように動かした。熱い肉の襞をかきわけてなぞり、ひときわ奥に続くその入り口のまわりを指の腹で焦らすように辿る。
 一通りそこで指を遊ばせてから、女がとくに感じるという突起を探して指を這わせた。そこはそれとすぐに分かるほどに既に熱く尖っており、少し指が触れただけでアリサが背中を反らせ、鼻にかかった吐息をこぼした。
 また煽られるようにサクの全身に震えが走ったが、必死で自らの高ぶりを抑え、アリサの身体をまさぐることに集中した。
 アリサの突起はすでに充血しきって膨れ上がっているようで、そこの形を確かめるように、ごくごくやわらかく、ふれるかふれないか程度にサクは指先でなぞり始めた。その動きがたまらないようで、アリサはサクに抱かれながら身を反らし、甘い声を上げた。
 丹念にそこを愛撫しながら、手の向きを入れ替えて、突起に親指を残し他の指を下に這わせた。そして遠慮なしに、人差し指と中指をその熱いぬるみの奥に突き込んだ。嬌声に近い声を上げて、アリサが身体を震わせた。
 親指でそっと突起を愛撫し続けたまま、アリサの膣内を指でまさぐってゆく。その指にアリサの中がからみついてくる感触がして、サクの身体をいやおうなしにまたぞわりとしたものが走った。
 愛液で濡れそぼったそこは、まるで別の生き物のように熱く蠢き、サクの指が動くたびにくちゅくちゅと淫靡な音を立てた。こんなに女のここは濡れるものなのかと、サクは少し驚いていた。
 アリサの体内を、肉壁をこするようにしながらしきりに指でまさぐり、その反応が違う箇所を探してゆく。ねっとりと蜜のからみついた指はぬるぬると膣内を動き、そのたびにアリサを刺激してはいるようだった。
 だが、どこがアリサにとって最も悦い場所なのかが分からない。アリサの胸に、秘所の尖った芯に愛撫を続けながら、サクは必死で、しかし細心の動きで、奥を探り続けた。
 ある部分にふれたとき、ビクッとアリサの身体が跳ねた。サクは一瞬、アリサを愛撫する動きを止めてしまった。
 だがすぐにそれを再開する。そうしながら、アリサが確かに反応したと思われる箇所に、再び探るように指先をたどらせた。
 たまらないようにアリサが声を洩らし、すでに汗で濡れそぼっている細い身体を震わせた。サクの指先がその身体の奥の一点を丹念にこすりあげると、その反応はますます強くなる。
 ​​​──ここか。
 執拗にそこを愛撫し続けながら、乳房から顔を離して、身を乗り出してアリサの唇を唇でふさいだ。上がる嬌声を無理やり封じられたようになり、アリサがもがく。
 だがそれを押さえつけ、乱暴に口をこじ開けてその口内を嬲るように舌でなぞり、舌に舌を絡め、音を立てて弄ぶ。その間にもアリサの奥をまさぐる指の動きは止めない。アリサの全身にてらてらと汗が浮かび、腰を何度もびくびくと跳ねさせる。
 明らかに感じ方が先程までと違っていた。悶えるアリサの身体を押さえつけ、唇を唇でふさいで声を封じ、その最も感じる部分を攻撃し続けるうちに、サクの中に言いようもない愉悦が這い上がってきた。
 快感のあまり苦しげに身をよじり、しかし押さえつけられているせいでもがき切ることもできないアリサの様子が、見ているとたまらない。その声を自らの唇で封じてやることに、無性に悦びがこみ上げてくる。
 膣の中に突っ込んだサクの指にからみつく肉襞の感触が、いっそう締め付ける力を増し、アリサが全身に汗を浮かべたままで身体を硬くした。弓なりに背中を反らせ、震える。
 その背に手を入れて、指先で背筋をなぞってやった。びくりとアリサが大きく反応した。

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