Farasha (5) -完結-

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「アゲハ……」
 目を瞠った慧生に、アゲハが慌てたように顔を隠し、シャツの袖でごしごしと目許をこすった。
「ご……ごめんなさい。大丈夫、です」
 あまり大丈夫であるようには見えないアゲハを、慧生は目を瞠ったまま見つめていた。
 ──こんなものが、こんなふうに震えて泣いているものが、本当に「人間」ではないのだろうか。
 小さな身体の中にあふれる感情を抑え切れず、震えるように声を殺して泣いているその頬に、涙の粒に、これほど確かなぬくもりを感じるのに。この白い少年は、ここまで様々なことを痛ましいほど心に受け止めているのに、その感情は本当に「作り物」なのだろうか……?
 耳の奥に、重く立ちこめた暗雲を開くようなアゲハの言葉が甦った。
『あなたがあなたである限り、書けないなんてことはありません』
 そんな簡単に言ってくれるな、と思う一方、その言葉は確かに慧生の呼吸を楽にしていた。鬱屈し倦み疲れた心に、柔らかな風となって吹き込んでいた。
 不思議な思いで、泣いているアゲハを見つめる。
 純粋で真っ直ぐで、知能や知識はあっても赤子のように何も知らず。自分自身の在処を疑い、迷子のように寄る辺を持てず。
 昨夜ケースの中で目覚めたばかりのアゲハに、自分が何気なく言った言葉を、慧生は思い出した。
『俺は、機械相手なんて考えたこともないから』
「機械」であることに思い悩み、自分は「本物」なのかと疑っているアゲハに、他でもない慧生からのあの言葉は、どれほど深く惨く突き刺さったことだろう。
 あのときアゲハは変わらず笑っていたが、その心の奥底では、ひっそりとこんなふうに泣いていたのではないだろうか……。 
「……おいで。アゲハ」
 それを思ったとき、慧生は気が付いたら、アゲハの名を呼んでいた。
「え?」
 言葉の意味が飲み込めないように、アゲハがぱちぱちと瞬いた。長い白銀の睫毛が涙の粒を含んで光を弱く煌めかせ、それは水晶の欠片のようだった。
 慧生は不思議そうにしているアゲハの小さく薄い手を掴み、引いた。小柄なアゲハは小さな生き物のように軽くて、簡単に慧生の膝の上によろめき、勢い余って胸元に倒れ込んできた。
 なぜそうしようと思ったのかは、自分でもそれほど筋道立てて理解していたわけではなかった。だが迷子のように震えている小さなこの存在を、確かにそこにあると思える「心」を懸命に寄り添わせてくるこの少年を、無性に抱き締めてやりたい気持ちにかられた。
「け……けっ、け、慧生さん?」
 一方アゲハは、突然のことに慧生の膝の上であたふたした。慧生はそれを抑えるように、アゲハの小柄な身体を、そのまま両腕で緩く抱き締めた。柔らかな白銀の髪をゆっくりと撫で、丸く可愛らしい額にキスをする。
「え……?」
 アゲハが紅玉のような瞳を、大きく見開いた。ただでさえ大きめの瞳をさらに丸くしたまま、何が起きているのか分からないように硬直している。
 慧生は小柄な身体を膝の上に支え、虹色の艶を帯びるふわりとした髪を、手櫛で梳いた。そうしながら、額や頬に、ゆっくりと軽いキスを繰り返した。
 アゲハの顔が暗い中でもはっきりと分かるほどみるみる真っ赤に染まり、硬直していた肩や腕が、そのうちふにゃりと力を無くした。
「…………ふ……」
 アゲハの大きな瞳に涙が溜まり、薄い背が震えて、細い指が慧生のシャツをつかむ。慧生が涙の零れる目許にキスをすると、ますます縋るように、指にぎゅっと力がこもった。
 ──このいたいけなほどひたむきに想いを寄せてくる、幼く無垢であると同時に残酷なほど知識と知能だけは発達した少年のことを、放っておけない。
 優しいキスを繰り返すうち、アゲハが次第に夢見心地のようなほわりととろけた顔つきになり、睫毛の長く反ったしょぼついた目が閉じて、細い首が緩く上向いた。
 その泣きはらした目許から頬にキスを辿らせるうちに、自然に慧生は、小さく薄く開かれた唇に唇を重ねていた。
 軽いキスだったが、アゲハはまるで電撃を受けたように飛び上がるほどびくっとし、目をこぼれるほど見開いた。
「えっ……?……」
 その反応に、慧生も我に返る。一瞬自分の行動に驚いたが、そこに不思議なほど拒否感や戸惑いは無かった。
「ごめん」
 とはいえ、心底驚いた様子のアゲハに謝ると、アゲハは慌てたようにふるふると首を振った。
「あ、ち、ちがうんです……そうじゃ、なくて。あのっ、び、びっくりして……」
 赤面したままうつむき、焦って言葉を探そうとするアゲハに、心が和らぐ。この感情は何だろうと、慧生は自問した。
 放っておけない、庇護してやりたい、抱き締めてやりたいと思う、あたたかな感情。このあまりに無垢でひたむきな存在に、求めるものを与えてやりたい。
 あわあわしているアゲハに、慧生はやんわりと訊ねた。
「嫌、ではない?」
「そんなっ……そんな、わけ……っ……」
 慧生のシャツを握り締めたまま、アゲハがますます真っ赤になり、下を向いて口ごもった。ぎゅっと閉じられた瞼の下から、大粒の涙がぽろぽろと零れて落ちた。
 饒舌な言葉よりもよほど確かな、その体温と涙。
 慧生は少し苦笑した。最初にケースの中から目覚めるなりキスをしてきたのはアゲハの方だから、慧生から軽くキスしただけでここまで動揺するのは、正直予想外ではあった。
 だが、すぐに思い直す。アゲハはセクサロイドとしての機能も所有してはいるが、別に「そういうこと」に慣れた娼婦や、男娼ではないのだと。
 ──むしろ人間なんかより、ずっと純粋じゃないか。
 言葉を綴ることを生業にしているわりに、自分の感情を言葉に換えて現実の声に出すことが、慧生はあまり得意ではなかった。
 ただ、思う。あなたが望まないならこれ以上ふれない、これ以上邪魔はしないから、どうか傍に居させてほしい──そんな言葉を、全身で慧生のことを想いながら口にするような相手を、どうして泣いたままにしておけるだろう。
 思ったときには、指がアゲハの小さな顎をとらえていた。
「…………!」
 慧生から重ねられた唇に、アゲハが全身を思い切り強張らせた。まるで強烈な眩暈に見舞われたように、ぎゅうっと目を瞑る。白い少年の首筋から指先までもが、かああっと朱を刷いたように赤くなった。
「……っん、だ、だめ、ですっ……」
 慧生にゆるく抱き締められたまま、アゲハが華奢な手脚をばたつかせた。慧生は弱々しくもがいているアゲハを長い腕に閉じ込め、あくまでも優しく唇を唇でなぞり、甘噛みをして、キスを深めてゆく。
 やがて躊躇いながら、火傷を怖れているようにおそるおそる応じてきた舌は、ひどく甘く柔らかく熱かった。
 アゲハの胸の奥で、鼓動がひどく早く脈打っているのが分かった。これが「人間」ではないだなんて、やはり慧生には信じられなかった。
 それほどの時間はかけずに、優しく深いキスをほどいた。
 アゲハの顔を覗き込みながら髪を撫でてやると、紅玉の瞳にますます涙があふれた。零れて止まらない涙を指で拭われて、アゲハが熱いものにでもふれられたようにきつく目を瞑り、しゃくりあげた。
「慧生、さん……」
 アゲハが縋りつくように、慧生の胸元に顔を埋めた。
「慧生さん……けいき、さん……っ……」
 繰り返し名を呼びながら、しがみついた指を緩めないアゲハに、慧生は宥めるようにゆっくりと髪を撫で続けた。
 こうして小さな頭を撫でてやり、ぴったりと密着していると、尚更この白い少年が自分に比べていかに小柄で、そして懸命なのかが分かる。ひたむきで穢れを知らない、アンバランスで不安定な存在であるが故の、ひどく純粋な情熱。
「おまえは、可愛いな」
 気が付いたら、そう言っていた。
 またアゲハが驚いたように、丸く見開いた瞳を上げた。
「あっ……え、……」
 その様子がまた可愛くて、慧生は小さく笑った。
『あなたがあなたである限り、書けないなんてことはありません』
 再び、脳裏に甦る。息もつけないほど鬱屈していた中にやわらかく吹き込んできた、真っ直ぐな言葉。
 もう自分には書けないのだと諦めかけていた。でも。
 簡単に折れてしまいそうなほど薄いアゲハの身体を、慧生は少し強いほどの力で抱き締めていた。
「──ありがとう」
 自分がまだ書けるのかなんて、正直分からない。
 でも、アゲハにとっては慧生の描き出す世界だけが「本物」だというなら、そのアゲハが「書ける」と言ってくれるなら、その言葉に縋りたかった。ここで諦めてしまえば、橘慧生の魂は死ぬ。諦めてしまうことも、見苦しく縋ることも、どちらも心と命を削られるほど苦しいのなら、もう一度足掻いてみるのもいい。それで、この鬱屈し閉塞した場所から、あの光芒と鮮やかな色彩と音色の溢れる「言葉」の世界に戻れるのならば。
 ──自分は、書くことでしか息が出来ないのだ。
 それを胸の奥に握り締めるように、今さらながら確信したとき、おずおずとアゲハの細い腕が動いた。慧生の背を抱き締め、きゅう、と指がシャツを握り締める。
「はい……」
 返った細い声に、慧生の目許が淡く微笑む。
 こんなふうに笑うことができたのは、いつ振りだろう。腕の中のぬくもりを無性に愛しく思うまま、慧生は遠い雨音を聞きながら、いつまでもアゲハを抱き締めていた。

 不摂生と寝不足がたたり、気が緩んだ慧生は、そのまま眠ってしまったらしい。デスクに凭れてはいたものの、不自然な体勢に関節が痛み出し、肩や足先に感じる肌寒さもあって、ふと目を覚ました。
 膝の上には、相変わらずアゲハが乗っていた。ぺたりと慧生の胸に凭れ、シャツを握り締めるようにしたまま、くうくうと寝息を立てている。どうやら、慧生と一緒になって眠ってしまったらしい。
 アンドロイドは「負荷が大きくなった時のクールダウン」以外では本来「休息」を必要としないが、リアルな人間に近い奉仕型には、あえて連続稼働を抑制するプログラムを組まれていることが多い。それは「食事」同様に、できるだけ「生身の人間との生活に添うように」とデザインされているためだった。
 これほど「人間」と区別がつかないアゲハであれば、当然そうプログラムされているだろう。昨日目覚めてから、アゲハはおそらくずっと起きていて、荒れ果てた家の中を片付け、献身的に慧生に尽くしてくれた。暗く温かな場所にいれば、疲れが出て眠ってしまっても無理もない。
 無垢な天使のように眠っているアゲハの髪を、慧生はもう一度、そっと撫でた。
 これほど優しく潤うような気持ちになれたことは、本当に久し振りだった。振り返れば、賞を取ってから少しずつ軋み始めた心は、あれからほとんど穏やかに過ごせたことなど無かったのかもしれない。
 相変わらず、夜の空に雨は降り続いていた。
 白く柔らかなぬくもりを腕に入れたまま、慧生は静謐にも感じられる夜気の中で、ひとまず凪いだ白さを取り戻した心の浜辺にひたひたと寄せてくる、寂しい確信を拾い上げた。
 ──これ以上は、美玲羽とはもう無理だ。
 いつか遠い未来には、拘りやしがらみを捨てて穏やかに笑えることもあるかもしれない。だが、今の情けなく弱りすぎた自分には、彼女の栄光と鮮やかな才能は眩しすぎる。彼女への憧れや好意以上に、いつか追い抜かれるのではという恐怖や、その才能への醜い嫉妬心は、心の奥深い根に絡みついてしまっている。
 何より「ここ」から這い上がるためには、自分はそれこそ死ぬ気で「書く」ことにしがみつかなければいけない。そうしなければ魂が死んでしまう、という切迫した事態の中、強すぎる光でも闇でもある美玲羽の存在を受け入れる余裕は、とても慧生にはなかった。
 謝る言葉を持つ資格すらないな、と自嘲した。結局、自分は逃げるのだ。彼女に自分の領域を浸蝕されることを恐れ、才ある彼女に追いつかれることを、追い越されることを恐れる、惨めな臆病者。自分を守るために、彼女の存在を切り捨てる。
 アゲハの柔らかな髪を無意識に撫でてやりながら、慧生はふと、傍らに破かれた原稿の破片が落ちているのに気が付いた。
 あらためて眺めれば、周囲には破けたりひしゃげたりした原稿が散らばったままだ。その欠片の一枚を拾い上げ、慧生は目の高さに持ち上げた。
 破けた原稿に断片的に見える文章の一端だけでも、どの場面のものなのか分かる。否応なしに思い出す、これを書いたときの楽しさを。衝動を。胸を満たし踊らせる、あふれてやまない「言葉」で「世界」を紡ぐことへの歓びを。
 切ないほどのそれに、慧生は僅かに瞳を細めた。
 ──書いても書かなくても、どうせ叩かれるのだ。それならば、いっそ気楽ではないか。口さがない連中のことなどもう放っておいて、自分自身と、慧生の世界を望んでくれる者の為だけに書けば良い。かつての受賞が謀られたものであったにせよ無かったにせよ、「書く」ことなしに自分は生きられないのだということは、偽れないのだから。
 慧生は原稿の切れ端をしばらく見つめ、祈るような仕種で、両の掌の間にぎゅっと挟み込んだ。


 翌朝になると、丸二日以上降り続いた雨はきれいに上がっていた。春先の空は気持ちよく晴れ渡り、明るく穏やかな光を地上に投げかけている。
 慧生はリビングのソファで先日のようにノートパソコンに向かい、なかなか進まない原稿と睨み合っていた。ちなみに昨晩床に叩き付けてしまった書斎のノートパソコンは、当たり前だが使い物にならず、HDだけでも回収できればと、ひとまずデスクの上に置いてある。
 眉間に皺を寄せてディスプレイを睨んでいるうち、もぞもぞと動く気配を傍らに感じた。
「……おはよう、ございます……?」
 そんなぼやけた声がして、慧生は視線を横に動かした。
「おはよう」
 と、慧生が声を返した先、つまりすぐ横で、毛布にくるまって丸くなっていた小柄な白い姿が起き上がり、ぼんやりしていた。
「僕……どうしたんでしたっけ……」
 綺麗な赤い瞳をぼんやりさせ、アゲハが首を傾げた。と、不意に「あ」と声を上げ、見る間に真っ赤になった。
「あ、あの……ぼく……」
 アゲハはあわあわと自分の頬や額にふれ、唇をおさえて、かーっと真っ赤になったままうつむいた。昨晩何があったのかを、すべて思い出したらしい。
 その面白いような顔色の変わり具合とあたふた具合を、慧生はのんびりと頬杖をついて眺めていた。なんとも裏がないというか分かりやすいというのか、アゲハの挙動は単純で素直で、本当に仔犬のようだった。
 慧生は腕を伸ばして、俯いてしまったきりのアゲハの頭をぽんぽんと叩いた。おずおずとアゲハが顔を上げ、恥ずかしさのせいかうっすらと涙ぐんでいる瞳で、慧生の顔を伺った。
「あ、あの……」
「うん?」
「あの…………」
 何をどう言ったらいいのか分からない、という様子で、結局またアゲハはうつむいてしまった。
 その様子もまた可愛らしく、慧生はしばらくあえて黙っていた。
 ひとしきり眺めて堪能した後、アゲハの首にかかっている銀色のタグプレートを、ついと指をかけて持ち上げた。いきなり首筋にふれられた驚きで、アゲハが小動物が飛び上がるようにびくっとなった。
 慧生はアゲハの首に掛かっている細い鎖の留め金を外し、しゃらりとその首からタグプレートを外した。「AGEHA」という名が刻まれたそれは、慧生の掌よりもずっと小さかった。
「け、慧生さん……?」
 アゲハはわけが分からないという様子で、戸惑ったように慧生を見返している。
 慧生は構わず、自分の左手首に嵌っていたブレスレットを外すと、アゲハの左手を取って持ち上げた。慧生よりずっと細く折れそうな手首に、揚羽蝶の翅のような虹色の光沢を持つ石の連なりを掛けてやる。
「さすがに緩いな」
 慧生で丁度いいくらいのブレスレットは、アゲハの細い手首にはサイズが明らかに大きすぎた。アゲハは真紅の瞳を今まででいちばん大きく瞠って、自分の手首に嵌められたそれを凝視していた。
「慧生さん、これ……」
 それが慧生の手首にあったとき、アゲハはかなり長い時間をかけて、物珍しそうに眺めていた。アゲハが気に入ったのであれば、タグプレートなんぞのかわりに掛けてやりたくもあり、虹色の光沢を帯びるその石は、アゲハの容貌にあつらえたように似合っていると思ったせいもあった。
「これと交換でいいだろ?」
 手の中でしゃらりと音を立てるタグプレートに、慧生は視線を落とした。大きな瞳を瞠ったままのアゲハを見て、慧生は虹色を帯びたその髪を軽く撫でた。
「あとでコーヒーの豆を買いに出るから。そのついでに、サイズを直してこよう」
「…………はい…………」
 ようやく意味が飲み込めたように、アゲハが返事をした。瞳が大きく潤みを増して、ぱたぱたと涙がこぼれる。アゲハは自分の左手首を、そこに掛けられたブレスレットごと抱き締めるように、きゅうと掴んだ。
「ありがとうございます。大事にします。うれしい……」
 そんなアゲハを可愛いとは思うのだが、やはりこれといううまい言葉が浮かばず、慧生は小さな白銀の頭をぽんぽんと撫でてやった。
 アゲハはなんとか早く泣き止まなければと思っているようで、何度か大きく息を吸い込むと、慧生を真っ直ぐに見上げた。
「これから僕に、慧生さんのことをたくさん教えて下さい」
「うん?」
「慧生さんの好みとか。好きなこととか、苦手なものとか。何でも教えて下さい。慧生さんの身のまわりのことを、早くきちんとお世話できるようになりたいです」
 その柔らかな声音の真っ直ぐさと瞳の明るさが、心地良く慧生の五感をくすぐった。慧生は身を乗り出し、アゲハの白銀の前髪を持ち上げると、白い額にキスをした。
 また硬直してしまったアゲハに、慧生は軽く笑った。長いこと笑っていなかった顔の筋肉がほぐれ、ささくれて荒んでいた心の平野に、静かにあたたかい水が染み渡ってゆくようだった。
「分かった」
 慧生が返した言葉は、それだけだった。それを聞いたアゲハは、今までに見た中で一番眩しい満開の笑顔になった。
「はいっ」
 頷いたアゲハの笑顔は、穏やかな春日差す青空よりも綺麗に晴れて、光がこぼれるようだった。


(了)

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