朔の章 第三のパンドラ(3)

栞をはさむ

「なぜ言いつけを守れないのかしらね」
 その日の夜。いつもながら豊かな胸元と締まった腰を見せ付けるような装いと、きらめく貴金属で豪奢に身を飾ったアリサは、忌々しげにサクを見ながら言った。
「……ごめんなさい……」
「謝って済むと思っているの」
 呟くように言ったサクの頬を、アリサは大きな石の輝く指輪の嵌った手で打った。
 そして今まで与えてきたものよりはるかに強い催淫剤をサクに飲ませ、全裸にしてベッドルームの真ん中に吊るし上げた。ただし普通に吊るすのではなく、拘束した腕をいつもより高めに引き上げ、片膝にもロープをくぐらせて持ち上げる。かろうじで片足の爪先だけが床に着く不安定な格好になった。
 ふらつきながら大きく開脚せざるを得ない屈辱的な体勢を取らされ、サクの顔と全身が羞恥のあまり真っ赤になる。そして上半身に負担をかけないためには常に爪先立つしかない格好は、すぐに苦痛になった。
 吊るされて責められるといつも最後は立っていられなくなり、手首を拘束する枷やロープに全体重をかける形になって、肩も腕も痛むしひどく苦しい。こんな吊るされ方をしたら、限界はいつも以上に早くやって来るだろう。
 じきに催淫剤が効いてきて、身の内が熱く滾り始めた。
「ッあ……くっ」
 普段よりひときわ効果の強い催淫剤は、最近はそういうものにも少しは慣れていたサクの身体を、あっさりと燃え上がらせた。たちまち股間が激しい疼きをもち、ペニスが腫れ上がって下腹につくほど立ち上がる。全身の肌が空気の流れにすら反応するほど過敏になり、汗が噴き出し始めた。
「ひいっ!」
 正面に立ってそんなサクを眺めていたアリサが、取り出した紐でいきり立ったペニスの根元をぎちぎちに縛り上げた。そうされる間も、サクは仰け反ってその痺れるような感覚に震えた。
 早くもひどく昂ぶっているそこをきつく締め上げられると、ドクドクと脈打つ感触が全身に鳴り響いて、疼いて熱くてたまらない。高まるだけ高まるのに物理的に快楽の絶頂を禁じられる、その仕打ちが泣きたいほど苦しくてたまらないのに、同時にひどくぞくぞくとする感触が身の内を駆け巡る。
 既に尖っている両の乳首に、きらきらした飾りやチェーンのついたクリップを取り付けられた。肉の粒が変形するほどきつく締め付けられる痛みにサクは悲鳴を上げたが、それが緩められることはなかった。
 チェーンの先には宝石で飾られた錘が下がり、その揺らめきに引っ張られて絶えず異なる力が乳首に加わる。催淫剤のせいで昂ぶった神経は、ずくずくとした股間の疼痛や乳首の痛みを、やがて救いがたい快感に変容させ始めた。
「うあッ!」
 立ち上がったペニスをいきなり乱暴に平手で打たれ、サクは身を跳ね上がらせた。すでに先走りがぬめぬめとあふれ始めていた先端から、打たれて揺れた拍子にそれが飛び散った。
「誰のことを思い出しながらいったの? 我慢しきれないなんて、本当にあさましい犬ね」
 自由のきかない体勢でもがくサクの陰茎を乱暴に何度も平手打ちしながら、アリサが言う。そこを叩かれるたびに、強すぎる刺激にサクの背がうねり、腰が跳ね、淫らな嬌声が喉から飛び出る。
「あッ、あッ、ッくぅッ! はッ……あ、あッ!」
「こんな乱暴にされて感じてるの。あなたは本当に変態ね。淫乱であさましくて。恥ずかしくならないのかしら」
 こういうふうにしたのはアリサではないか。ぜえぜえと息を切らしながら、サクはなんとか奥歯を噛んで嬌声が上がるのを止めようとした。だが強力な催淫剤で強引に高められた身体は、すでにサクの意思の下にはなかった。
「今日は朝までそうしていなさい。馬鹿な犬にはお仕置きよ」
 アリサは冷たく言ってサクのそばから離れ、気に入りの豪華な椅子にゆったりと腰を下ろし、爪の手入れを始めた。
 サクは歯を食いしばって、全身を絶え間なく襲う快楽の波に堪えた。しかしそれは、堪えようと思って堪えられるものではない。灼熱する快感に、頭から水を浴びせられたように全身が汗みずくになり、身体の中心から湧き上がるたまらない熱と疼きに、身をよじらせて咽び泣いた。
 今や乳首に付けられたクリップはもどかしい疼きしか与えず、誰にふれられているわけでもないのに、悦楽の悲鳴を上げるのを止められないほど全身が感じていた。
 だが、足りない。全身を直接触られて思うさま嬲られたい。燃えるように火照って疼く身体を、鎮めてもらいたくて仕方がない。
「あ、あ……アリ、サ……あっ……どうか……っく……」
 ぐらぐらと身体が不安定に揺れ、己の身体の揺れが反り返ったペニスも揺らし、たったそれだけの刺激でもサクは悲鳴を上げる。呼吸もままならないほど悶えているその様子に、アリサは何の感銘も受けた様子もなく美しい眼差しを投げた。
「なぁに? あなたは私の言いつけを破ったのよ。罰を受けるのは当然でしょう?」
「は、うっ……う、あ、で、もっ……ああぁっ」
 苦しい。いくにいけないのに全身を熱く燃え上がらせたまま、絶え間なくうねり湧き上がる快楽に悶えるのは、時間が経てば経つほど拷問に等しくなってゆく。体力が尽きるまで嬲られ続けるのも苦しいが、こんな状態で放置されるのは、ある意味でそれ以上に苦痛だった。
「うっ……ああっ、はあっ! あっ、くううっ!っは……ッ!」
 髪を振り乱して、サクはいつ果てるとも知れないその熱く甘く残酷な責め苦に悶えた。思考力が遠のいてはまた戻ってくる。身体が仰け反って指先まで痺れる。それでも放出できず、心臓が壊れそうなほど早鐘を打ち続ける。
 少しでも催淫剤の効果が薄れると、アリサはまた次を飲ませた。昂ぶり続ける身体が反り返り、跳ねて、かすれた声で何度も助けを求めたが、アリサは楽しそうにそれを見ているだけだった。吊るされたまま悶え苦しむサクを眺めながら、そのうちアリサは他の男を呼んでセックスを始めた。
 やがて一通り楽しんだアリサが、男を下がらせてサクの元へ足を運んだ。
 もう数時間も放置され続けているサクは、気が狂いそうだった。悶え続けるうちに体力を激しく消耗し、もがくにもがけなくなってゆくのに、身体の内は熱く滾ったまま一向におさまらない。何度も絶頂間際まで駆け上がって、でも達しきれず、限界まで感じ続けた身体はもうそれを苦痛としか受け取らない。
 これ以上は、本当に気が狂うと思った。
「少しはこたえたかしら?」
 声をかけられて、かろうじでサクは顔を上げた。
「あ、……あり、……さ……たす……けて……」
 蚊の鳴くような声が出た。汗と涙でどろどろになったその顔を、白い指を顎先にかけてアリサは上向かせる。
「どの口がそう言うのかしら」
「ごめ、ん、なさい……もう、ゆるし、て」
 途切れ途切れのその哀願に、アリサは撫でるようにサクの顎から指を外し、うっとりと微笑した。
「許さないわ。あなたは私の犬でありながら、私以外を思い浮かべながらいったのよ。これがどういうことか、あなたにはまだ分かっていないのね?」
「ごめ……ごめん、なさい……もう、しません……だからっ……」
 なんとか許してもらいたくて、サクは必死で苦しい息の下から訴えた。
「駄目よ」
 アリサはふわりと甘い香水の匂いを漂わせて背中を返し、ベッドの脇の引き出しから、二つのローターと太いバイブを持ち出してきた。
「ひっ!」
 何をされるのかを察したサクが、全身を引きつらせてそれを恐怖の眼差しで凝視した。
「あ、や、やだ、アリサ……やだっ……やだ……ひいッ!」
 憐れなほど膨れ上がりどくどくと脈打ち続けるペニスを、アリサの手が無造作に掴み、それだけでも堪え難くサクの喉が悲鳴を放った。
 アリサはもがくサクに構わず、そのカリ首に二つのローターを密着させてテープで固定した。
「許さないと言ったでしょう」
 さらにアリサは不安定に揺れるサクの身体を裏返し、その後ろの穴の窄まりにバイブの先を押し当てた。サクは身をよじらせてそれから逃れようとしたが、大きく開脚され吊るされた姿勢ではどうすることもできなかった。
「あ、あ、おね、がい、おねがい……ごめんなさいっ……やだ、アリサッ……ゆるして……っ……あああぁッ!」
 アリサの白い手が、無造作にその太いものをサクの窄まりに押し込んでゆく。ローションも塗られていないそれは、まさにサクのそこをこじ開けるように、ぐいぐいと手荒に根元までねじ込まれた。痛みを感じているはずなのに、感覚の狂った身体はそれを痛みと認識しなかった。
「あっ! あっ! ああっ! やだ、やだッ……あああ、やだ、ゆるしてえっ!」
 サクが汗まみれの身体を振りたくって必死で叫んだ。今求めているのはこれ以上苦痛を長引かせることではなく、もう放出させて解放してほしいということだけだった。
 入れられただけでも全身が震え、がくがくする。押し広げられたアヌスが、狭い肉壁の内側が、意思を裏切ってそれを熱く食み始める。大きく喉を反らし、ひぃひぃと喘いだ。
「ぁがっ!!」
 突き飛ばされるように、ビクンッ!と身体が跳ねた。アリサが無慈悲に、いきなり最大出力にしてローターとバイブのスイッチを入れていた。アリサはサクの腰にベルトを巻きつけて、押し込まれたバイブをがっちりと固定した。
 もはや声も上げられず、折れるのではないかというほど背をしならせてガクガクと痙攣しているサクの耳元に、アリサは妖しく低めた声で、吐息と共に囁いた。
「壊れるなら壊れてしまいなさい」
 サクの開いた唇の端から涎が伝い落ちた。もう声も出ず、ただゆらゆらと吊るされた身体が揺れていた。

 何度も気を失い、そのたびにペニスや乳首に通電され、強引に意識を引き戻された。
 吊るされた周囲に幾人もの姿があり、男のもので犯されることこそなかったが、もはやサクには何本の腕や道具が自分を苛んでいるのか、数えることもできなかった。
 痙攣し続ける尻の穴を、形や刺激の違うバイブやビーズでひたすら奥まで抉られた。強力なローターで亀頭を責められながら、根元を戒められガチガチに硬いままの竿を手荒く扱かれた。締め付けられ形が歪んだまま膨らんでいる乳首に、飽きることなく通電を受けた。
 延々と気を失うことも許されず、充血し過敏になりすぎた箇所に同時に施される責めは、地獄だった。どれほどサクが嗄れた喉で悲痛に叫んでも、それらの仕打ちに手心が加えられることはなかった。
 明け方になると、まだ催淫剤の効果は続いているものの、もうサク自身にぴくりとももがく体力がなくなった。
 吊るされたまま弱々しく喘ぐだけになった頃、ようやくアリサが、無造作にペニスの戒めを解放した。爆発するようにあふれ出した精液をそのままに、アリサは容赦なく放ったばかりのペニスを揉みしだいた。サクはもう自力では動くこともできず、その拷問でしかない仕打ちに、呻いてビクビクと震えた。
 激しすぎる苦痛の中で時間をかけてもう一度放出した瞬間、突然電源が落ちるように、意識が落ちた。

 そのまま数時間も放置された末に、なんとかサクは意識を回復させた。
 催淫剤の狂ったような効果はもう失せていた。何時間も吊るされたままの身体中が激しく痛んだ。
「自分の立場というものを、少しは理解したかしら?」
 呻いていると、いつのまにか現れ歩み寄ってきたアリサが、サクの前髪を鷲掴みにして顔を上げさせた。朦朧としながらも、サクはかすれ切った声で、なんとか言葉を返した。
「……は、い……ごめ、なさ…………」
 最後にもう一度、アリサがサクの頬を打った。それからその両頬に優しく手を沿え、甘い唇を乾き切った唇に押し付けた。
 殴られた拍子に切れた口の中に血が広がり、その貪るようなキスは血の味がした。

栞をはさむ