蓮の章 第六のパンドラ(4)

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 サクはアリサを引っ張って奥のベッドルームへ移動し、天蓋つきの大きなベッドにアリサを突き飛ばした。
 サクがその気にさえなれば、細く華奢なアリサの身体を意のままにすることなど簡単だった。暴れるアリサの上に馬乗りになり、その肩を押さえつけて、艶めくルージュのひかれた唇に口付ける。
「っ……!」
 乱暴な扱いに似合わぬ甘くからみつくようなその口付けに、アリサが拒みながらも反応した。
 もともとサクを好みに調教したのは、他ならぬアリサだった。アリサの好むキスも、愛撫も、どこをどんな加減でどうしてやるのが最も感じるのかも、どこまで刺激してやれば達するのかも、サクは知り尽くしている。
「……やめなさい! 私にこんな……ただですむと思ってるのっ」
 サクに組み敷かれ、衣服を剥がれていきながら、真っ直ぐな赤い髪を振り乱してアリサがもがいた。
「まだそんなこと言うんだ」
 その耳朶に舌を這わせながら、サクが小さく笑った。わざと吐息を吹きかけながら、耳の後ろに、縁に、穴に、唾液をたっぷりからませた舌を這わせてゆく。アリサが身体を震わせる。
 それを押さえつけながら、サクは舌と唇をその華奢な首筋から鎖骨のくぼみへとたどらせた。
「あんたは本当に、俺にいろいろしてくれたよねえ?」
「……っ……あなたが、言ったんじゃないのっ……」
「俺が言った? 何を?」
「私に近付いてきたのは、あなたよ。ッ……い……今さら、何を言ってるの……っ」
 サクの手がアリサの胸元をまさぐり、こぼれるように豊かで柔らかなその乳房を揉んだ。明らかに尖り始めているその先端を、サクは口に含む。もう片方の手は、もう片方の乳房を強く優しく揉みほぐす。アリサ好みのやり方で乳首を舌と指で転がし、刺激してやると、アリサの唇から堪えきれないように声が洩れた。
「今さら、か。あんたもそう言うんだね」
 ぺろりとその綺麗なピンク色をした乳首を舐め、サクは呟いた。
「ものには限度があるって言葉、知ってる? そりゃあ、あんたは楽しかっただろうけどね。俺にその趣味はないんだよ」
「勝手をっ……拾って、生かしてやった恩を、忘れたの……!」
 アリサは必死で声を殺そうとしているが、自らが手練手管を仕込んだサクの愛撫に抗い切れるわけもなかった。吸い付くような肌が湿り気を帯び、呼吸が荒くなり始める。時折堪えられないように、ひくりと大きく身体を震わせる。
「もう充分すぎるほど返してると思うけどね。何回死にそうな目に遭わされてると思うの」
「あ、あたり前、でしょう……ッあ、あなたは、私の、犬なのよ……っ」
「飼い犬に手を噛まれる、って言葉もあるよね」
 クスリとサクがまた小さく笑った。
「殺しても飽き足らないけどさ。でも俺によくしてくれたこともあったから。最後に気持ちよくしてあげるよ、アリサ」
 その言葉にただならぬ鬼気を感じて、アリサがサクを凝視した。
 微笑んだまま、サクはその赤く長い髪を掴んで引いた。
「俺のこと好きなんでしょ? 感謝してね。何度だっていかせてあげるから」

 アリサから衣服をすべて剥ぎ取って、しかし自分は一切服を脱ごうとはせず、サクはアリサの身体を存分に弄んだ。
 じきに抵抗らしい抵抗もできなくなったアリサは、サクの舌と指とに弱い部分ばかりを刺激され、身体をくねらせて喘ぎ声を上げた。サクはその乳首を舌と唇で愛撫しながら、熱く潤んだ膣の奥に指を揃えて突き入れ、乱暴なほどかき回し、アリサの最も感じる部分を飽きずになぞってこすり上げた。
 もう何度達したか分からず、アリサは汗まみれになって背をのけぞらせ、ついに哀願した。
「あ、あ……サク、あぁ……い、入れてっ……」
「どうしようかな」
 指の動きは止めずに、サクは答えた。
「欲しいの……あっ、あ……お願いよ……あ、いや、あぁっ!」
 いたぶるようにサクが指の動きを早め、いっそう激しくアリサの奥を刺激した。たまらずアリサがサクにしがみつき、身体を震わせて押し寄せる絶頂に堪える。
 震えが止まらないその様子を見下ろしながら、サクは言った。
「やめとく。あんただって、もうけっこう楽しんだでしょ?」
「そんな……っう」
 サクがアリサの中から指を引き抜き、抱き寄せて唇を唇でふさいだ。舌を割り込ませて、アリサの舌をからめ取り、強く吸い上げる。たっぷりと時間をかけてその唇と舌を味わい、サクは放した。自らの唇に移ったルージュを、手の甲で拭う。
「……じゃあ、そろそろおしまいにしよっか」
 ぐったりしているアリサの唇を舌でなぞりながら、サクの手が自身の腰の後ろ、ベルトに差し込まれた黒い鉄の塊に伸びた。アリサは最初、それに気付かなかった。
 ベッドに押し倒され、左腕を伸ばされてその上に膝を乗せられて、初めてアリサは気付いた。
「な……何を、する気なの」
 サクの手に拳銃がある。それはかつてサクにねだられ、アリサ自身が与えたものだった。改造され、大きさのわりに強力な自動式拳銃。
「わかってるでしょ」
 サクは返しながら、安全装置を外したその銃口を、アリサの左の掌に押し付けた。その冷たさとサクの声音に、アリサの顔色が変わった。
「じょ……冗談でしょう? サク、ねえ」
 その額に、官能の汗以外の汗が浮かぶ。見開かれた瞳とアンバランスに、その唇が半端な形で笑っていた。
「あんたは、この綺麗な手が自慢だったよね」
 呟いてから、サクは引き金を引いた。耳をつんざくような銃声が響いた。
「ぎゃああああああッ!!」
 サクに押さえつけられたアリサの裸身が跳ね上がり、その喉から絶叫が上がった。たちまちその白い肌の上にそれまでと違う汗が滲み出し、がくがくと震える。
 破壊力の高い銃弾の至近からの一撃で、アリサの左の掌はほとんど吹き飛んでいた。白い肌に目の覚めるような真紅が飛び散り、ちぎれかけた指が二本だけ残って繋がっている断面から、ピンク色の肉と砕けた骨がのぞいている。
「あ、あ、あ、あ……」
 ありえない激痛に、アリサの身体は痙攣を続けている。
 その様を淡々と見下ろしながら、サクは身体をずらして、今度はアリサの右腕を伸ばして膝で押さえた。
「あ、う……あ……や、やめて、サク……嘘、でしょ……」
 激痛に涙を滲ませたアリサが、喘ぐようにそれを見た。
 サクの手がアリサの右手に、また銃口を押し付ける。
「俺も、何度もやめてって言ったよ」
 それを見下ろして、サクは引き金を引いた。アリサがまた大きく跳ねて絶叫した。
 このアリサの居室は、アリサが好きに飼い犬をいたぶり、泣き叫ばせるために、完全な防音構造になっている。アリサの声はおろか、銃声も外には響きはしない。
 サクはアリサの上から降りると、その白く艶かしい脚をそっと撫でた。
「この脚もさ。ほんとに綺麗。あんたは自慢だったよねえ」
 サクは無造作にアリサの右の膝下あたりに銃口を向け、撃ち抜いた。もう片方の脚も同じように。白い身体に赤い色をまといつかせたアリサが、おもしろいように跳ねてもだえた。
 押さえつけられることがなくなったアリサは、血溜まりの広がってゆくベッドの上で、身体の自由がきく限りにのたうった。手脚を撃ち抜かれた状態では、せいぜい弱々しくもがいている程度だったが。
 いずれも即死に到る傷ではなく、気丈さが災いしてか気絶することもできず、アリサはサクを凄まじい目で睨みつけた。その唇は青くなり、頬は人肌の色を超えて、紙のような白になっていた。
「う、あ……あ、あんた……こんな、ッ……真似して……ただじゃすまない、わよ……」
「そうかもね」
 サクはアリサを見下ろしながら、手の中で軽く拳銃を弄ぶようにした。
「そ、れに……あんた、私がいなかったら、ッ……野垂れ死ぬしか、ないでしょう……?」
「あっははぁ」
 サクは声を立てて笑った。
「あんたが色々仕込んでくれたおかげでさ、俺めっちゃくちゃモテるんだわ。今じゃあんたじゃなくても、俺を飼いたいって奴なんかいくらでもいるの」
 サクはアリサの顔を間近から覗き込み、この上ないほど優しく微笑んだ。
「残念だったね」
 ごつり、とサクは銃口をアリサの額に押し当てた。ひくっとアリサが喉をひきつらせ、硬直した。
「最後に、何か言いたいことがあるなら聞いてあげるよ」
 囁くサクを、脂汗の浮いた真っ白い顔が、ぎょろつく目で見返す。アリサの唇が、何かを言おうとするように、何度もぱくぱくと開閉する。
 身を襲う激痛に歪み、恐ろしい凶器を向けられた恐怖にひきつっていたアリサの顔が、だがふいに弛緩した。
 ゆっくりと、アリサは微笑んだ。痛みのすべてを忘れたように、サクをいたわるときに見せていた、慈愛に満ちた聖母のような表情で。
 気でも違ったのか、と、サクが怪訝な顔をする。アリサはサクを真っ直ぐに見つめ、唇を動かした。
「……愛してるわ、サク」
 サクが目を見開いた。拳銃を握っていた手が、一瞬揺らぐ。
 すぐにそれが強く握り締められ、指が引き金を引いた。アリサの頭が弾けとんだ。それを目の前に見ていながら、サクはさらに何度も引き金を引いた。
 ありったけの弾丸を撃ち尽くし、何度もトリガーが空打ちされ、そこでようやく手が止まった。
 血飛沫を浴びたまま、サクは細かく震えていた。爛と耀いて見開かれた目が、凝然とアリサであったものを見下ろしていた。

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