蓮の章 第七のパンドラ(1)

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 突然レンの前に姿を現したあの夜から、サクはレンの部屋に居つくことになった。というよりも、朝になって出ていこうとしたサクを、レンが有無を言わせずに引き止めた。
 昨夜あれだけの目にあわされていながら、起きたらレンは何事もなかったようにけろりとしていた。身体こそ幾分つらそうではあったが。
 それ以前からも暇さえあれば抱き合っていた関係は、さらに急速に深まった。
 用事があって出かけるときや、くたびれていて体力がないとき以外は、気がつけば互いの身体に手を伸ばして求めている。最後まで徹底して貪ることもあれば、悪戯のように軽くふれあっておしまいのときもある。今はどうしたいのか、という加減までが、互いの好みにおもしろいほど一致していた。
 ベッドはたいして大きくもないものが一つあるにすぎず、自然、そこに身を寄せ合って毎夜眠ることになった。よほど疲れているのでもなければ、毎晩のように互いを貪って、そのまま互いを抱き締めたまま眠る。
 寝苦しかったり暑かったりで眠っている間は互いに離れたり、ときには押されてベッドから転がり落ちたりもするのだが、明け方を過ぎて眠りが浅くなる頃には、たいていどちらからともなく互いにふれあって、指や腕に身を寄せ合うようになっていた。


「あっ……はぁッ、んッ……はぁ、あッ……」
 レンの身体の下で、サクが汗にしとどに濡れそぼった身体をよじらせた。大きな窓からの明るい光に照らされたその身体は、やけに白く見える。
 レンの指先と掌に、背筋から腰骨のまわり、脇腹を絶え間なく撫で回されながら、サクは堪え切れないように何度も背を反らせる。その首筋に、鎖骨の上に、レンは何度もキスを降らせる。軽くふれるだけのものから、軽く歯を立てて強く吸い上げ、赤い痕をつけるものまで。
「ああ、ぁッ……れ、レン……もっと」
 ひきつりそうな声でせがまれ、レンは思わず口元をほころばせた。
 熱にうかされたようにうっとりしているサクの、汗に濡れた頬に口づける。そうしながらその素肌の上に手をすべらせ、すっかり硬くなって震えている乳首をコリコリと指の腹でつまんでこすり上げた。丹念に指先で、サクの弱いやり方で、その硬さを確かめるように刺激する。そのいちいちに、サクがビクッと身を震わせる。
「あッ……く、あ、ああぁっ」
 上半身を撫で回され、首筋にしきりにぴちゃぴちゃと舌を這わされながらのそれに、サクの喉が反らされて悲鳴のような声が上がった。ガクガクと身体が震え、すでに先走りがあふれてぬめりにまみれていたペニスがいっそう熱く硬くなる。
「あッ、だめ、あッ……い、いくッ……ああっ!」
 堪え切れなかったようで、サクが何度も身体を痙攣させながら反り返り、そのペニスから白濁した熱い体液を吐き出した。まだふれてもいないそこが見せた反応に、レンはさすがに驚いて、息を乱しきってぐったりしてるサクの顔を見下ろす。
「すっげ……感じすぎじゃね? おまえ」
「そんなん言ったって……」
 サクが潤みきった目を彷徨わせ、レンの顔を見つけて、眩しそうに瞑る。その仕種に思わずレンは、サクの汗と快楽のあまり滲む涙に濡れた瞼に口づけた。
「もうやめとく?」
 苦しそうなほどに見えるサクの様子に、レンとしてはいたわるつもりで言ったのだが、途端にサクが指を伸ばしてその長い金髪を引っ張った。
「いてっ」
「こんなんでやめたら、それこそ、絶対許さない」
「おまえな……そういちいち引っ張んなって。言えばわかるっての」
 かなり痛かったので、レンがやや睨むように見ると、サクはその首に腕をからめて引き寄せ、唇にキスをした。
「おまえの髪、好き」
「好きだからって引っ張んのか」
「うん」
「ハゲたらどーすんだ……」
 ぶつぶつぼやきながらもレンがサクの首筋に唇を落とし、愛撫を再開すると、サクは小さく笑いながらも身をよじらせた。
「っ……そしたら、ぜんぶ剃ればいいんじゃね?」
「悪くねーけどさ。でも俺もこの髪気にいってんだよ、わりと」
「ッ……はっ……綺麗だよ、ほんと……目も、好きだ……ッあ、うっ」
 撫で回される感触と唇と舌の熱さに、サクが身体をひくつかせながらも返す。
「目?」
「青くて……空と、同じ……ッくう、あっ!」
 レンの手がペニスに伸びてきて、サクはひときわ大きく震えた。射精したばかりで萎えているその柔らかな部位に、レンがいったんサクの上から身体をずらし、舌を這わせる。
 それは愛撫ではなく吐き出した精液を拭うためだったが、サクにとっては刺激の強すぎる愛撫と変わらなかった。優しく拭われるうちにも、みるみるうちにそこに血流が集まり、膨れ上がって勃ち上がり始める。
 レンがそこから口を離して、また覆いかぶさるようにサクを抱き締めた。そうしながら、片手はサクの股間にある。レンにしがみつくようにしながら、サクが小刻みに震えた。
「あッ、あっ……くッ……は、ッ……く……」
 レンの手がサク陰茎を握り締め、ゆるめて上下に扱き、ぬちゃぬちゃとぬめっている先端を指先で撫で回す。何度も呼吸を飲み込み、ほとんど常に全身に力を入れているような状態で、燃え上がるように熱い股間に与えられる刺激にサクは堪えようとする。
 サクがレンにしがみ付いたまま、その裸の肩にいきなり噛み付いた。
「いてッ」
「ッ……んッ……ん、んっ」
 サクが絶え間なくひくつき、必死に声を殺しながらそこに歯を立てる。鋭い痛みに、レンはいったんそのペニスから手を離して、汗に濡れそぼる髪を撫でてやった。
「大丈夫か?」
「……ん、は……ん、たぶん……」
 刺激が遠ざかったことで、やっとサクがそこから口を離す。
 噛み付いたところから赤くうっすらと血が滲んでいるのを見て、サクの黒い瞳がすまなそうな色を帯びた。
「……ごめん」
「いいけどさ」
「口、ふさいで」
「へ?」
「これじゃ、たぶんまた噛み付くから」
「……それは俺も嫌だな」
「うん」
 レンはとりあえず、手近なところにあった薄手のタオルでサクの口をふさぎ、縛った。
「苦しくなったらすぐ合図しろよ? 髪引っ張っていいから」
 黒い瞳でサクがレンを見上げ、こくりと頷いた。
 本来白い肌に赤みがさしてびっしょりと汗が光り、熱を帯びて潤んだ瞳に、そしてその口を塞いでいるタオルに、見ていたらレンの背筋にぞわりと這うものがあった。ごくりと生唾を飲む。
「……ッん……!」
 思わずその耳に舌を這わせて甘噛みすると、ビクッとサクが身を震わせた。レンはその手首を動けないようにベッドに押し付け、頬から首筋に口付けを繰り返す。そうしながら自らの熱く勃ち上がっている股間を、サクのそこに押し付け、揺すりあげた。
「ッ……!!……ッん、ん、んッ」
 容赦のないほどの強さで繰り返し押し付けられる腰に、サクがもがくように腰を、身体をよじらせる。互いのペニスの先端からあふれ出す先走りがぬめりながらからみ、互いのいきり立つものがこすれ合って押し付けられるたびに、レンの身にもまた電撃のような快感が走り抜ける。
 股間がどうしようもないほど疼き、熱くなって、レンはサクの身体を裏返していた。ペニスから垂れる蜜にまみれ、ひくついているサクの窄まりに、抑え切れずにレンはいきなり自らの昂ぶりを突き入れた。
「んッ!!」
 激しくサクの身体が震え、背がのけぞった。その腰を掴んで、レンは自らの熱い屹立を抽挿させる。たちまちサクの全身がいっそう赤みを増し、ぎゅうっとその窄まりが締まってレンのペニスに噛み付いてくる。
 その熱い奥が別の生き物のように蠢いてレン自身にからみつき、互いのひどく敏感な部分をこすり上げて、たまらない快感が痺れるように腰から全身を支配してゆく。ぐちゃぐちゃと湿った音を立てて抜き挿しされ、サクの腰がうねって身体がビクビクと震える。
 ふさがれたサクの口から呻くような喘ぎが断続的に洩れ、何度も弓なりに身体がしなった。強い刺激にレンも思わず呻き、サクのペニスに手を伸ばして掴んでいた。
「んッ!!……んんッ」
 ビクッとサクが身体を跳ね上げ、レンはそれを押さえ込むように背中から覆いかぶさって、さらにその熱い屹立を扱く。そうする間にも、自らの腰を揺らす。ぐちぐちと互いにつながった部分から淫らな音が響き、それもたまらなく互いの劣情を刺激する。
「んッ、んッ、んッ……うッ、ん、くッ!」
 煮え立つように熱い下腹と灼熱するペニスとを同時に責め上げられ、サクが悶え狂った。しかしレンの身体に押さえ込まれて、もがこうにも自由がきかない。全身をさらに噴き出した汗が濡らし、激しく身体が強張って痙攣する。
「んんんッ!……ん、ぐッ!……んッ……!」
 ひときわ強くサクの身体が跳ね、レンの手の中にあるペニスが硬さと太さを増し、と思うと迸るように精液が吐き出されていた。がくがくとその白い裸身が震える。
 その汗まみれのうなじに、レンがねっとりと舌を這わせた。力の抜けかけるサクの身体を抱き締めて、自らの腰を本格的に揺らし始める。
「ん、うッ……ッ、う……う、ぅううっ」
 火照りのおさまらない身体に続けて与られる刺激に、サクの眦に壊れたように涙が滲んでこぼれた。全身が熱くて熱くて、互いの繋がった箇所が熱くて、気が狂いそうに気持ちが良い。
 何度も突き上げられ抉り上げられるうちに、サクの萎えていたペニスがまた勃ち上がり始める。とろとろと白い体液を先端から伝わせているそこを、レンがまた扱き始めた。
 ビクビクとサクは震え、自らの意思ではなく、強すぎる快楽に身体が堪えかねて逃げようとする。その身体を押さえ、サクの奥にあるひときわ感じる部分ばかりを狙って突いてやるうちに、やがてレンにも絶頂が近付いた。
 サクの濡れそぼった身体をきつく抱き締め、激しい息遣いがサクの耳にふれる。腰の動きがいっそう激しくなり、痺れるような激しい快感と共に欲望の塊を吐き出す。
「……ッあ、あ、……っは…………」
 サクを抱き締めたまま、レンもしばらく身動きもできず、その余韻に震えた。身体の下にいるサクは完全に息が上がり、もはや呻き声すら出ないようだった。
 やっと少し落ち着いてくると、ぐったりしているサクの口元から、レンはタオルを外してやった。サクがうっすらと目を開け、またすぐに閉じて、かすれた声で呟いた。
「……めっちゃ気持ちいけど…………死ぬわ……」
 思わずレンは吹き出した。力の入らないサクの身体を、横になって強く抱き締める。そのこめかみと頬と額にキスを繰り返し、最後に唇に軽く口づけた。
「でも嫌いじゃないんだろ?」
「……そんなん言わせんな、馬鹿」
 悪戯っぽく覗き込まれて、サクが拗ねたように返した。


 強引にレンを抱いたあの夜以来、サクはもっぱら、またレンに身を任せるようになった。どうやらレンは抱かれる側になるのは本当に好きではないらしい、と悟ったようでもある。
 また何かでひどく感情が昂ぶったときはレンを抱くのかもしれないが、そのときは仕方がないから受け入れようとレンは思っていた。そういうときは、またあの夜のような容赦のない責め方をサクはするのだろうし、強く深すぎる快楽は苦痛と紙一重であまりレンの好みではなかったが、きっとそうすることでしか、サクは自分を鎮めることができないのだ。
 レンの部屋に転がり込んできて以降、サクは加速するようにレンの愛撫にいっそう反応するようになっていた。反応しすぎて、レンに身体を押さえられておかないと堪えられないこともあるほどだった。
 その底なしに快楽を貪る姿に、サクが何かにひどく怯えている気がしてならないことがあった。
 何もかもを忘れたいように、真っ白になるまで反応を続け、快楽にのめり込んで咽び泣くサクを、レンはただ抱き締めてやるしかできない。何をいったいそんなに怖れているのか、気にならないわけではなかったが、それにふれることはきっといっそうサクを苦しめるのだと、なんとなく分かっていた。
 それにサクが怯えているのは、何よりきっと、サク自身の中にある闇だ。サクの黒い瞳の奥に宿る、闇色の焔がちらつくように揺れるもの。サクにまとわりついて決して消えていかないもの。
 それを一時とはいえ忘れたいというなら、いくらでもそうしてやろう。あの暗い燃え上がるような闇それ自体は、レンにはどうにもしてやることができない。ならばそれにサクが耐えられるように、サクがもう大丈夫だと言えるようになるまで、抱き締めていてやろうと思った。


 レンの部屋は粗末で殺風景ではあったが、廃都なりに人並みに生活を営めるだけの設備は整っていた。小さな冷蔵庫や簡易コンロもあり、一枚だけフライパンもあり、大きくはないが鍋もある。
 持ち前の気安さと明るさで、こんな廃都にありながら交友関係が広いレンは、食材の入手にも要領の良さを発揮し、意外にまめに自炊していた。昼間は出かけていることが多いので、部屋では食べないことがほとんどだ。
 もっとも調理するとはいっても、普段はせいぜい簡単に煮たり焼いたり、ざっくりとちぎった野菜でサラダめいたものを作ったりする程度ではある。そもそもそこまで多種類で豪勢な食材など、廃都の末端には存在しない。
 だがたまにソーセージを自作したり、肉の塊を燻して燻製を作っていたりすることもあり、レンの存外な器用さにサクは内心感心していた。
「そうしてるとけっこうマトモに見えるな、おまえ」
 シンクの前に立っているレンに、脚の長さが違うせいでガタつくテーブルから、サクがそんなことを言う。
 キッチンという区切りなどない一間だけの部屋は、ベッドからシンクからすべて同じフロアだ。かなりの広さがあるため狭苦しい感じはせず、またカーテンもかかっていない大きな窓のせいで、明るい開放感があった。
「失礼な奴だな。俺これでも、ちゃんとシゴトだってしてんのよ?」
 レンが指についた塩を何も考えずに舐め取って、その塩辛さに顔をしかめながらサクを見た。
「何してんの?」
「えっと。配達屋? みたいな。ついでに頼まれりゃなんでもするけどね。エロいおねーさんに迫られたりさあ。役得おいしいです」
「腐ってもげてろよ」
 呆れたように言うサクに、レンが若干傷ついた顔をする。
「どうしてそういちいちひでー言い方するんだ」
「おまえがあんまり馬鹿だから」
「いいじゃねーか、楽しいんだから」
「悪いとは言ってない」
 そんなことを言いながらも、サクの目許も笑みを含んでいることが、レンには嬉しくなってしまう。もうあの夜のような、あんな暗い焔に自ら灼かれて苦しむようなサクは見たくなかった。
「で? おまえもなんかして稼がないとだろ。アテあんのか?」
 フライパンを揺すってウィンナーを転がしながら、レンは問う。
「んー……寝るのが手っ取り早いんだけどね」
「けどさ。おまえそれ、本当は嫌なんだろ?」
 レンに問われ、少し考えて、サクはこっくりと頷いた。
「うん」
「なら、やめとけ。おまえ読み書きできるんだし、頭いいだろ。もっと他に働きようあるから。俺も捜すの手伝ってやるし。働き口が見つかるくらいまでは養ってやっからさ」
 適当に焼いたものを皿に盛り付けて、パンの入った袋を掴んでテーブルに持っていく。その腕をサクが引っ張り、頬にキスをした。
「気持ちいいことはあんたがしてくれるしね」
「……俺もたいがいだけど、おまえもたいがいだぞ?」
「いいだろ。嫌いじゃないんだから」
「そうだけどさ……ん」
 唇に唇が重なってきて、思わずレンは応えてしまう。ああ駄目だ、と呆れながら自分で思う。
 本当に、事あるごとにサクを抱き締めてやりたくなってしまう。でも自分が悪いのではないのだ。抱き締めたくさせるサクが凶悪なだけで、自分のせいではない。
 本当に、どっちもたいがいだ。と、飽きもせずにサクとふれあいながら、レンは心地よく笑った。

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