妖は宵闇に夢を見つ 蓬莱編

妖は宵闇に夢を見つ 蓬莱編

遣らずの里 (五)

夜光と葵が耶麻姿家の世話になり始めて、数日が過ぎた。  最初のうちは本当に素顔を晒しても大丈夫なのかと不安だったが、少なくとも屋敷の者たちは、夜光を見ても避けたり恐れるようなことはしなかった。  ただの食客でいるのも気兼ねするので、旅の疲れ...
妖は宵闇に夢を見つ 蓬莱編

遣らずの里 (四)

あんぐりと口を開けたままの天休斎の手から、ぱたり、と扇子が落ちた。と、夜光を凝視したまま、やおら葵のほうに尻でいざりながら近づき、その肩口をつかむ。かと思うと、興奮した面持ちで、葵を揺さぶりながらその背中をばんばんと叩き出した。 「おい……...
妖は宵闇に夢を見つ 蓬莱編

遣らずの里 (三)

目抜き通りを真っ直ぐにいった先に、その男──耶麻姿天休斎、すなわちこのあたりを治める総領である人物の屋敷はあった。  先刻の話。  どこから来たのか、と往来で訊ねられた二人は、半ば人垣に囲まれたその場ではっきり答えるわけにもいかず、ひとまず...
妖は宵闇に夢を見つ 蓬莱編

遣らずの里 (二)

峠近くの小さな滝のそばで休んでから、ふたりは山路を下り始めた。  山麓には、さしあたっての目的地である人里がある。  だがそこに到るよりも先に、二人はまたしても山路で妖に襲われた。木立の間から急に飛び出してきたから、はっきりと視認できたわけ...
妖は宵闇に夢を見つ 蓬莱編

遣らずの里 (一)

葵(あおい)の上背ほどの高さの小さな滝の水は、この間までは蝉の声が聞こえていたというのに、もう痛いほど冷たかった。  ささやかな滝壺は澄み切って、そこに棲む小さな生き物たちの銀色の背を、波紋の下に覗かせている。  右の前腕に走った引っ掻き傷...