妖は宵闇に夢を見つ

妖は宵闇に夢を見つ

一章 終の涯(六)

──いつも、いつもひもじかった。  身体のどこかしらがいつも痛んで、生傷の絶えたことはない。いつも喉が渇いていて、背中とくっつきそうなくらいおなかがすいていた。  骨と皮ばかりに痩せて節の目立つ、枯れ枝のような手脚を持つ小さな身体。生来は白...
妖は宵闇に夢を見つ

一章 終の涯(五)

日毎に葵は回復していったが、深い傷がすぐに癒えるわけではなく、手足も萎えているので、まだ歩き回るには支障がある。だが夜光が食事の膳を運んだり、身体を拭いたりするために部屋を訪れると、寝床から這い出して縁側の柱に凭れ、外を見ていることが増えた...
妖は宵闇に夢を見つ

一章 終の涯(四)

「おまえが男だったとはなぁ」  寝床に起き上がり脇息に凭れた男が、まじまじと夜光を眺めながら、まだ信じがたいように呟いた。  閉められた障子の外には、もうすっかり夜の帳が降りている。立てた紙燭に灯る明かりの中、男の寝床の脇に正座をした夜光が...
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一章 終の涯(三)

朱塗りの欄干が巡らされた渡殿に、どこからともなく薄桃色の花びらが舞い降りてくる。 「夜光」  芳しい生花のほころぶ花瓶を手に歩いていた夜光は、そこを通りがかったとき、すらりとした立ち姿の人物に呼び止められた。 「長おさ様」  振り向いた夜光...
妖は宵闇に夢を見つ

一章 終の涯(二)

けむるように碧あおい海辺に広がるその街では、ひとつの季節が緩やかに長い。  現世うつしよであれば、たとえば夏が長ければ冬は短いのが常だが、その街においては春も夏も秋も冬も、長さは均等だ。  太陽と月の巡りが現世とは異なり、一年の区切りも違う...