妖は宵闇に夢を見つ

妖は宵闇に夢を見つ

三章 宵闇に夢を見つ (三)

うっすら空腹感はあるのに、いざ朝餉を前にすると、葵はほとんど箸をつけられなかった。厨房へ膳を下げに行きながら詫びて、ひとまず今日の食事は粥だけにしてくれるように頼む。  夜光と顔を会わせることは無く、そのことにほっとしながら身支度をして、早...
妖は宵闇に夢を見つ

三章 宵闇に夢を見つ (二)

「葵……?」  耳朶にしっとりと響く声が、葵の名を呼ぶ。  ──夜光だ。  その姿を見、声を聞いた瞬間に、当たり前と言えば当たり前な、だがしみじみと胸に迫ってくる実感が生まれてきた。  青い紫陽花の群れの中に佇む、儚く消え入りそうなほど、夢...
妖は宵闇に夢を見つ

三章 宵闇に夢を見つ (一)

結局何があったのか分からないまま、葵はその社を離れた。  夜光に会うことが空恐ろしかったが、最玉楼に戻らないわけにはいかない。こういうとき、やはり自分にはまだろくに寄る辺の無いことが、ひしひしと身に染みる。  夜光が立ち去ってから、既にかな...
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二章 月の魔性 (十三)

お慕いしています、と耳元に繰り返し囁き、縋り付いてくる夜光の唇を、貴彬は己の唇で塞いだ。勢力を増す初夏の青草はまだ柔らかく、匂いが強い。その上に夜光の被衣を広げて二人で身を横たえると、まるでこれが夢であるような気がした。  これでようやく夜...
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二章 月の魔性 (十二)

脇戸から外に出て見回すと、幸いすぐに夜光は見つかった。だがその白い後ろ姿は既に遠く、葵は慌てて、だが慎重に、その後を追いかけた。  街には朱を増し始めた夕陽がかかり、夕凪の中に妖達が賑やかに行き来している。元来妖は、日中よりも夕暮れから夜間...